スタメンはこちら。
レビュー
■パブリックイメージとは違う
この試合でまず見るべきは湘南のスタンス。今年の湘南はこれまでよりもはるかに相手を見ることが多い。プレビューでは『川崎戦は相手を見て、リトリートとロングカウンターを主体に戦ってくれるならば好都合。逆に自分たちが支配的にふるまえる、ハイプレッシングとゆったりとした保持を軸に回されるのならば怖い存在になる』と述べた。
割と、久しぶりにプレビューで言ったことがばっちり当たった試合だと思った。結果として湘南は正面からぶつかってきたし、それが奏功した試合だと思う。
というわけでそれを振り返っていこう。まずは湘南の非保持の局面からである。2トップで向き合う場合、川崎のアンカーをどのように監視するか?という部分がまずは問題になる。湘南も川崎と同じ逆三角形型の3センターを採用している。したがって立ち位置を遵守すればアンカーはフリーの状態にになるが、湘南はアンカーの田中聡が前に出ていってシミッチを捕まえる。マンマークなのは中盤だけではなくて前線も。両FWがCBを監視し、川崎がSBにボールを出したらWBが前に出てきて捕まえる。
アンカーやWBが前にグイっと出てきたりするスタンスは昨年までの湘南スタイル的なものといってもいいだろう。川崎はこのプレスに手を焼いた。といっても完全に引っかけてしまってショートカウンターの餌食になったわけではない。
この試合の川崎の出来は良くはなかったんだけど、結局C大阪戦を除けば、前半にはほとんど点を取られていない(サロモンソンに決められたFKだけ)。相手がどんなスタンスで来たとしても慌てずに対処はできているということになるので、その部分は強くなったなと思う。確かに心配なことはあるんだけど、だからといってよくなっている部分を見ないのは違う。こういうのはレビューを書いている意味でもある。
話がそれました。ほめては見たものの、マンマークの相手に対して『前につけてしまえ!』というのが効かなかったのは確かで、スイッチを入れる縦へのパスがズレたり、あるいは受ける側がトラップが流れたり、ワンタッチで叩こうとしてそのパスがズレたりなど、縦方向にチームを進めるプレーがうまくつながらなかった。
湘南としては前から完全に取り切らなくても縦パスでひっとらえられれば良かったのかもしれない。この日の川崎の前線の面々は前で受けてもタメが作れるタイプでなかった上に、芝をうまくとらえられていないような部分もあったので、湘南としてはここで捕まえられる算段だったのだろう。保持では湘南の方がはるかにうまくピッチを掴めていたように思う。
非保持はかつての湘南スタイルだったが、保持におけるゆったりとした振舞いは明らかに今年の湘南が重んじている部分でもある。WBが大外、内側にアンカーが補助に入りながら、ワイドのCBとIHが上下動しながらひし形を作っていき、ボールを前に進めていく。
おそらくだが最終的な目的地はシミッチの脇で前を取るか、あるいは大外フリーでクロスを上げることだろう。畑がボールを持っているときに前線が待ってました!といわんばかりにガンガンエリア内に入っていく感じはとてもよかった。
縦への侵攻は川崎にとっても怖さがあるものだったが、前半はそこまでサイドからクロスを上げさせなかったことと、川崎を横に揺さぶる動きがあまり多くなかったのでそこまで脅威になる攻撃は多くなかったように思う。
ただ、まずは縦パス!という意識が強かった川崎と、幅を使いながら保持を軸に進めていくこの日の湘南のスタイルは何というかパブリックイメージとは逆なんだろうなと思いながら見ていた。
■逆サイドのSBで溶かす
マンマークに湘南がこだわっていたのは初めだけ。徐々に先頭のラインを下げながらコンパクトな守備ブロックをミドルゾーンに維持する方向に転換していく。
かの林舞輝さんから『5バックは溶かすように攻略する』という話を聞いたことがある。この試合における湘南を攻略するにはまさしく5バックを溶かすように進んでいかなければいけなかったように思う。5-3-2で受ける湘南に対して、まずはトップの2枚を剥がし、次に中盤の3枚を剥がして裸の5バックと対面する。その手順を踏むことが大事である。
今季の川崎はこういう細かいことは置いておいて縦への推進力に頼っていた部分はあった。ただ、それはダミアン、家長、三笘の3枚があってこそということは序盤の川崎を見て分かった部分でもある。ボールを前を収めて時間を作ることができる選手はこの日の川崎の前線にはいかなかった。そういう選手さえいれば、溶かさなくても相手の守備組織は壊せる。
この日気になったのは中盤や前線の選手が収まらないと見るや、降りて受けに来るシーンが多かったこと。31分の長谷川の振舞いが典型例。彼がこの位置に降りても相手の陣形を何も動かすことができない。マンマークがとけたCBが前に出ていかなくてはならないのだけど、彼らにあまり運ぶ意識がなくなったのも前線が降りてきやすかった理由なのかもしれない。
マンマークの役割を放棄した湘南の2トップが行ったのは中盤の封鎖である。特にボールがサイドにある時のサイドチェンジの経由点として川崎に3センターを使わせないことである。5-3-2において一番もろいのは中盤の3で横幅を守ることである。中盤を使ったサイドチェンジを川崎に決められてしまえば、3枚の中盤では湘南がスライドが間に合わない。
だからこそ、湘南は中盤の3に2トップをくっつけるように守らないといけないし、川崎は3センターから2トップを剥がす必要がある。結局、川崎のCBがベースポジションから離れずにパスを出してしまえば、湘南の中盤と2トップは待ち構えていればいい話になる。
加えて、川崎の前線やインサイドハーフが落ちる動きを見せるならば、湘南はラインを上げることができるので、よりコンパクトな方向に。降りる動きが意味を成すことはあると思うのだけど、この試合では湘南が狭く守ることの手助けになってしまったように思う。
インサイドハーフが受ける位置として理想的だったのは30分。小林の決定機となったプレーの起点となった脇坂の受ける位置。川崎の前線がラインを下げず、中盤のライン上から縦パスを受けた脇坂の一気に前を向く動きこそ、この試合の川崎の中盤の保持で求められる動きである。
この試合の前半の終盤で川崎が主導権を握れたのは、徐々に湘南の中盤を溶かせるようになってきたからである。ポイントとなるのは川崎のボールサイドと逆側のSBの振舞いである。この時間帯では特にこれが目立った。湘南の3センターはボールサイドに大きくスライドするが、スライドで空いた部分に川崎のSBが入り込むのである。
典型的だったのは37分。脇坂とのワンツーで前を向いた田中碧から逆サイドの山根まで展開。湘南の3センターの手が届かないところでボールを持った山根に大野が慌ててプレスに行って空けたスペースに小林が入り込む。まさしく、サイドチェンジで裸にした湘南のバックラインを攻略したシーンだった。前半の川崎でもっとも惜しかったシーンとしては30分の小林のヘッドを挙げる人が多いだろうが、コンセプト的にはこっちの方がクリティカル。
まとめると相手の裸の5バックを晒すための手段が3センター脇で受けるSBなのである。惜しむらくはこのサイドチェンジがやや不可逆的だったこと。このシーンでは左⇒右のサイドチェンジで湘南の守備を溶かしていたが、右⇒左でうまく溶かせるシーンはなかった。
一つは右サイドで内に切り込むようにドライブできる選手がいないこと。この部分におけるレフティーの家長の不在は大きかったように思う。左にはIH2枚や旗手がカットインする動きからこういう展開はできるけど、右からはなかなか難しい。
単純に湘南の中盤が上手く守った部分もある。2トップが守備で間に合わなくてもインサイドハーフが内を切りながら、サイドチェンジを許さない場面もあった。最終ラインまでやり直しをさせれば湘南の勝ちである。
加えて、左サイドの崩しもイマイチ。33分の左サイドの崩しはせっかく旗手、田中碧、長谷川が揃ったのに、長谷川が旗手とのワンツーを選択してエリア内に突っ込んでいったため実質2枚での崩しに。田中碧もオフザボールの動きができなかったし、長谷川が走っていった方向やタイミングなども田中碧を殺してしまったように思う。この試合の左サイドにおける連携の未成熟さを痛感する部分だった。
■壊すへのシフトチェンジ
後半、頭から湘南はプレスを巻き直してかかってくる。展開としては前半の立ち上がりの焼き直しみたいな感じ。少し違ったのは、湘南の保持における振る舞いである。前半の同サイドでの縦への推進に合わせて、大きなサイドチェンジを織り交ぜるように。こうして川崎の薄いサイドを作りながら攻撃を行う。
例えば51分の高橋のカットイン。大きなサイドチェンジを受けて、内側にドリブルしながら空くコースを探すことができている。薄いサイドを作りながら攻めるバリエーションができたので、湘南は前半と比べて後半は押し込む状況になった。
このままではまずいと思った鬼木監督が交代策に打って出る前に湘南が先制に成功する。このシーンにおいては山根のラインコントロールミスは痛恨。はじめにラインを下げた状態になってしまったのならば、最後までゴール前にとどまって番人の役割をする方がベター。すれ違ってフリーという結末は一番まずかった。
鬼木監督は『溶かす』メソッドは早々にあきらめたように思う。『ダミアン目掛けて』という声もかなり早い段階でかかっていたし、高い位置で持つことで相手のDFラインを決められる三笘の投入が早かったことを踏まえても、何はともあれ相手を押し下げることを優先したということだろう。
できれば、その持ち味を生かしたままサイドチェンジを繰り返しながら薄いサイドから攻略したかったところ。だが、この試合では今季の川崎の解決法である同サイドにIHを集結させてミクロなギャップを作り、ダミアンに放り込むことによってフィニッシュ。溶かすというよりは壊すイメージに移行したように思う。最終的にそれで点を取るんだから恐れ入ったものである。
終盤の湘南のウェリントンの決定機はサイドを変えながら川崎の最終ラインの薄いところを作ったものだった。殴っちまった方が速いぜ!は湘南にはできないことなので、これしかなかったかもしれないけど、こういう崩しが欲しかったなと思ってしまう。でも、殴れるなら殴る方がいいのは間違いではないし、メソッドにこだわって勝ち点を落としては意味がないからね。それもよくわかる。
あとがき
■間に合うかわからない道づくり
湘南の力がよく分かった試合だと思う。プレッシングはDNAに刻まれているものなのかもしれないが、保持で落ち着かせるところまでしっかりできていた時間帯を作っていたのは浮嶋監督がしっかり根付かせたところ。個人的には今季の川崎の引き分けの中では一番『やられたな』と思う引き分けだった。
川崎ファンは心配の種が増えたかもしれない。控えの層の厚さがなかなか出てこないシーズンになっているのは確か。ダミアンで殴るが効いたのは良かったけど、それがACLで通用する保証もない。本来は溶かすやり方の方が効くんだろうなと思いつつ、『もっと早く選手交代に踏み切るべきだった』という旨のコメントを残している鬼木監督的には今の崩しの手段の優先度としてははっきりしているところがあるんだろうなと思う。
でも、道が1つでタイトルを獲れるほどJリーグもACLも甘くはない。果たしてACLのグループステージに違う道筋を整えるのは間に合うのだろうか。
今日のオススメ
本文でも触れた37分の崩し。あれ、今後も見たい5バックの壊し方。
観戦メモ
試合結果
2021.5.26
明治安田生命 J1リーグ
第16節
湘南ベルマーレ 1-1 川崎フロンターレ
レモンガススタジアム平塚
【得点者】
湘南:56′ 山田直輝
川崎:82′ レアンドロ・ダミアン
主審:家本政明