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レビュー
■ポゼッションのセーフティネット
序盤はボールが行きかう落ち着かない展開だった。サッカーにおいて試合のテンポは非保持側が決めることが多いなというのが普段思うことではあるのだけど、この試合に関してはどちらかといえば保持側がテンポを決めているように見えた。
テンポは非保持側が決めるという言説はプレッシングの強度と高さが大きな影響を持つという前提のもの。それに照らし合わせるならば、この試合の立ち上がりはアーセナルもリバプールもあまり強烈なプレッシングをFWから仕掛けていくような戦い方をしなかった。
となると速いテンポが生み出されるのは、保持側が非保持側が網を張っているところまで速くボールを運ぶことが原因といえそうである。
クリアまがいの裏へのボールもそうだし、中央への刺すようなボールもそう。保持側のプレー選択が非保持側のブロックに突っ込んでいくことが多かった。プレビューでも話したのだが、この試合のリバプールのスタメンにはフィルミーノが復帰している。内は3トップ、大外はSBと役割を分けがちな昨今のリバプール。フィルミーノが中央にいれば、彼と両WGのコンビネーションは武器の1つとして使いたいところ。こういうスタメンの部分もプレー選択に影響を及ぼしていると思う。
スカッド事情でいえば中央を使いたかったのはアーセナルも同じ。サカ、スミス=ロウという両サイドの核となる選手を欠いているスタメンを見渡せば、頼りにしたいのはトーマス、ウーデゴール、そしてラカゼット。中央を主戦場として起点を作りたいのは明らかである。
だが、両チームとも自陣からのボールの前進でクリティカルな崩しを仕掛けることはできなかった。では互角な展開だったかといえばそうではない。両チームの違いは保持におけるセーフティネットを持っているかどうかにあった。
具体的に言えば逆サイドや大外への大きな展開である。特に際立っていたのはチアゴ。ポゼッションの中で同サイドが死んだと判断すれば、わずかなフリーの隙をついて大きく逆サイドに振ることが出来る。
これによって高い位置を取るSBから進撃することが出来たリバプール。ただ、アーセナルもそこでつながれるのは割と織り込み済みだったように思う。大外をSHが低い位置まで降りることでケアし、エリア内ではリバプールの3トップにマンマーク。結局シュート撃つのは彼らだし、高さがあるわけではないし前に立ってしまえば何とかなるという感じでローラインで割り切って守る選択をする。
こうなるとリバプールはエリア内から打ち抜くことが求められるようになる。リバプールの3トップの行動範囲が狭くなったデメリットはこのあたりに少し出てきているように個人的には思う。
■もう一段階手前で躓くアーセナル
もっとも、アーセナルの保持に比べればリバプールが直面する問題の深刻度は軽かった。やはりアーセナルのボール保持におけるサイド攻撃は現状ではサカとスミス=ロウがいなければ機能しないのかもしれない。WGも下げながらきっちり4-5ブロックを組むリバプールに対して、いい時に見られるサイドの奥行きがある崩しはこの試合ではほぼみられなかった。
ファビーニョが戻ったリバプールの中盤は守備強度が徐々に戻りつつある。IHのチアゴとミルナーがアーセナルのCHコンビにうまく蓋をしたこともあり、アーセナルはなかなか前進することが出来なかった。
そして、リバプールのように逆サイドに振るという選択肢をこの日のアーセナルは持つことが出来なかった。この部分はジャカやルイスの不在が影を落としている。ちょっと話は逸れるけど、やはりアーセナルはパスのスピードが全体的に遅い。それでも成り立つ試合もあるけど、この試合では通用しないんだなと思った。ジャカクラスのパススピードを意識しながら、日ごろからプレーしないと天井を破れない感じがする。
ブロック守備に対するポゼッションの答えが見当たらず、逃がしてやり直しができないとなると厳しい。ただ、アーセナルにとってはリバプールに押し込まれているということは攻撃の機会でもある。
リバプールは大外からのクロスを上げる際は割と素直に上げることが多く、サイドに展開する過程でポストもかませないことも珍しくないため、全体の陣形がグッと押し上げられてばかりいる状況ではない。
加えて、クロスを跳ね返された後の初動のプレスも強度そこまで高くない。したがって、アーセナルはロングカウンターの機会とすることが出来る。ブロック守備を攻略するよりはリバプールの中盤は縦へのコンパクトさを維持するのが難しくなっている状況だし、ファビーニョさえ釣ることが出来れば、アーセナルもリバプールの中盤とは張り合えるチャンスもある。例えば15分のシーンはうまくファビーニョを出し抜けた例である。
しかしながら、この場面ではトーマスのオーバメヤンへのパスが前方のスペースに出なかった。したがって、攻撃はここでトーンダウン。もう1回くらいファビーニョを出し抜いた状況を作ることが出来てはいた気がするが、この場面でもピッチの横断にスムーズさを欠いてしまうという難点があった。
スムーズさを欠く程度で済むならばまだしも、この前進の不発はむしろリバプールを助けることになる。アーセナルはSBが上がっていたり、CBが開いていたりなど保持の局面で大きく変形することが多い。この変形の過程でボールをロストするとアーセナルは崩れた陣形でリバプールの攻撃を受けることになる。
フィルミーノのミドルやミルナーのシュートなどはこれに該当する場面。前者はホールティングが、後者はティアニーが本来の非保持の位置におらず、生じた歪みをリバプールに利用されてシュートまでいかれてしまった。
それ以外の場面である人数が揃っている場面ではアーセナルの人垣を破ることが出来なかったリバプールだが、アーセナルの保持の拙さがリバプールのブロック崩しを手助けしてしまっていた。
■転じた積極策がもたらした効果は
前半のアーセナルはとてもよくはなかったが、タイスコアならば後半に前半の出来を正当化するチャンスはある。今季ここまでのビックマッチを見るとアーセナルが90分ペースを握り続けることはまず不可能。限定的な自分たちのペースの時間帯で点を取ることで波に乗り、勝ち点を取るやり方で時には大きな勝利を収めてきた。
そういう意味ではアーセナルの前半の振る舞いは限定的にも自分たちの時間帯を作れたとは言えない。裏を返せばハイプレスなどの流れを自分たちに引き寄せる手段は残っていると見ることもできる。ゴールに近い位置まで迫ったのはリバプールだが、ビルドアップをひっくり返された局面を除けば、リバプールもまたもう1枚の壁を壊すのに苦労していた。アーセナルの前半はそれをしのぐことまでは問題なくできていたと思う。
自分にとってはアーセナルとリバプールの力の差は、この前半をチャンスをつないだという形で受け入れなくてはいけないくらい大きい。個人的には45分くらいは少なくとも我慢しなければいけないくらいの力の差があると踏んている。
というわけでこの後半戦は前半につないだアーセナルの我慢を正しいものにできるかどうかがテーマになる。
後半のアーセナルは前半に比べるとアグレッシブだった。いわゆる自分たちの時間帯を作るための動きである。1つキーになるのは前半終盤に負傷に伴い行われたティアニー⇒セドリックへの交代である。したがって、この動きの変化は時間帯に拠るものの可能性もあれば、選手交代に伴った変更の可能性もある。
後半のアーセナルは左サイドから攻め込む機会が増えた。ティアニーもサカもいない左サイドは幅を取るのに苦心するが、この試合ではオーバメヤンが大外に位置することでインサイドにセドリックが走りこむスペースを作っていた。この役割がオーバメヤンでいいかはアレだが、この縦関係を使っていこうという意志は見えた。
だが、この左サイドの崩しにおいて3人目として絡める選手が不在だったことと、オーバメヤンとセドリックのコンビの完成度は2人だけで崩し切れるほど高くはないという問題にぶち当たる。
一方の非保持においてはマンマークで前からプレスに行く頻度が上がった。特にエルネニーが交代で入ってからは、前線を追い越す勢いで前線にプレスをかけていた。正直、取り切れるほどプレスの連動は見事ではないけども。
むしろ失点はその連動の穴から。セドリックが内側の選手に釣られて、外側のコースを空けてしまいアレクサンダー=アーノルドがオーバメヤンと対峙することになり、クロスを楽に上げることを許してしまう。クロスは見事だったが、アレクサンダー=アーノルドがクロスを上げる状況は明らかに前半よりも整ってしまった状況が多かったのが悔やまれる。積極策の弊害だけど。
アーセナルの積極策を見たクロップがおそらく、内側のクロスのレシーバーを強化すべき!と選手交代+システム変更に踏み切ったのだろう。もう一本の矢として放ったジョタがエリアに飛び込み決勝ゴールの立役者になった。
基本的には後半のアーセナルが保持の部分とマンマークの部分でリスクを増やしたしわ寄せが守備に回ったということだろう。特に動きが大きい左サイドはこのしわ寄せが顕著。2失点目のシーンもセドリックが高い位置まで出ていったにも関わずに前進をとがめられず。結局は広大なスペースでガブリエウとサラーが対峙したことが決め手となってしまった。
そして、アーセナルはこういったデメリットをひっくり返すほどボール保持でメリットを得ることが出来なかった。
一方で3失点目は別の課題も。アーセナルは割と最終ラインの左サイドのビルドアップがとても詰まりやすい。特に左の深い位置を使いたい場合はロストの危険性が高まり、これはルイスが不在の時に特に顕著になる。持ち替えて逆サイドへのの選択肢があるルイス以外の選手はなかなか苦しい。
この試合の先発のガブリエウは左の深い位置にフォローに入る動きは見せるものの、そこから脱出するスキルを持ち合わせていない。ちなみにマリはそもそもフォローに入る動きが少なく、SBが手詰まりになった時に戻す選択肢を作るのをサボりがちである。
ガブリエウとセドリックのコンビはアストンビラ戦でも連係ミスから失点している。このシーンではガブリエウのパスミスが直接原因だが、ゴール裏側からのリプレイを見る限り、誰もガブリエウからのボールを受ける準備ができていない。対角への大きな展開が可能なルイスは別としてガブリエウのスキルではこの状況を何とかするのは不可能である。
逆に言えばリバプールは得点の勢いをそのままにアーセナルの欠点をプレスであぶりだした格好である。後半に自分たちの時間を作ろうとしたアーセナルをへし折ったリバプールが90分間でアーセナルに差を見せた一戦となった。
あとがき
■エリア内に迫る手段とフィニッシュの強化でケリをつける
選手交代によってアーセナルの弱まった部分を的確についたリバプール。結局は最後に+1したジョタでPA内のクロスの受け手を増やすことでアーセナルを決壊させることに成功した。
ブロック守備における中盤の強度は一時期よりも強固になったように思う。だが、アーセナルよりも強い相手と対峙するCLにおいては、早い展開の中でどこまで中盤の守備の強度を助けられるかどうかがポイントになりそう。中盤の守備が経験の少ないバックスの手助けをどこまでできるかどうかが肝である。
攻撃側はやはり3トップのタスク限定が気になる。いい時のリバプールならば、前半のうちにアーセナルが見せたビルドアップのミスを得点につなげていたかなと。自分の感覚的な話なのだが、3トップはどこかあっさりしていて一発一発のパンチの重さは目減りしているように思えてしまう。
アレクサンダー=アーノルドにアシストが生まれたこと、ジョーカーのジョタが結果を出したことは好材料だが、もう一段二段攻守にエンジンをかけてCLの舞台に臨みたいところだ。
■PLへの取り組み方を一考するべき
自陣からボールを出せないのであれば、アーセナルはどうしようもない。サカやスミス=ロウ、ジャカにルイスにティアニーと不在となる選手の重要度が高かったのは確かだが、今季に関しては敗戦の際に負傷者のことをリバプールの前で声高に叫ぶのはいささか説得力に欠ける。
残念だが1年間やってきたことがなかなか継続して成果に結びついていないことを認めなければいけないだろう。この試合でいえばトーマスやガブリエウ、ウーデゴールを除けば多くの選手がアルテタの元でトレーニングをして1年以上経つことになる。だが、実際は加入して間もない彼らよりも効果的にプレーができている選手がどれくらいいるだろうか。
コンペティションとしてはELにリソースを投下する方針には全く異存はない。しかしながら、PLにおいても挑むべき課題はいくらでもあるし、それはメンバーを入れ替えようが変わることではない。このままPLで全面降伏した形で今季を終わらせてしまうのならば、来季も同じことが起こるだけである。
リーグ戦ではしばらくはボトムハーフの相手が続く。コンペティションとしての重要度が下がったとしても、リーグ戦を自分たちに何ができるか、何者であるのかを証明する機会として捉えて臨まない限りは、自分はこのチームに未来を見ることが難しくなってしまう。
試合結果
2021.4.3
プレミアリーグ
第30節
アーセナル 0-3 リバプール
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
LIV:64′ 82′ ジョタ, 68′ サラー
主審: スチュアート・アットウィル