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レビュー
■網の目を抜けた先制点
ノースロンドンダービーといえばオープンなインファイトでの打ち合いが名物。だが、この試合はプレッシングを互いにかけあって攻守が激しく切り替わる展開にはならなかった。
というわけで前半は互いのボール保持の仕組みが読み取りやすかった。プレビューでも触れたけど、トッテナムはMF-DF間で2列目が受けたかったと思うのだけど、ここは無理にプレスに行かないアーセナルが狭くしていたので難しかった。
トッテナムはCBが開いてアーセナルの2トップ脇から運ぶ試みをしているのだけど、これに対して前の選手がマークを動かす動きを見せないため、アーセナルの中盤を剥がせないという形になっていた。
そうなると欲しいのは飛び道具的な手法。そんな状況になったスパーズにとってソン・フンミンの負傷で裏という選択肢を奪われてしまったのは非常に停滞。しかしながら、トッテナムにはベイルというもう1つの飛び道具がある。往年のベイルとは違い、今のベイルは縦への推進力ではなく幅を使った逆サイドへの展開で起点となる役割もこなす。
トッテナムはベイルがメンバーに入るようになってからは縦への鋭さはやや失った一方で、左右に振る幅の使い方という新しい武器を手に入れた印象である。この試合の先制点もこのベイルの飛び道具から。逆サイド大外でベイルの展開を待ち受けるレギロンの落としから最後はラメラ。フィニッシュに目がいきがちな場面ではあるが、内側と裏を使えないトッテナムにとっては唯一の頼みの綱から得点を取った。アーセナルとしては網の目からすり抜けられた感覚だろう。なにしろこのゴールが決まるまでの30分近くまでトッテナムのシュートは0だったのだ。
■スミス=ロウが見せたレパートリー
アーセナルのボール保持においても同様にトッテナムは積極的なプレスをかけることはなかった。静的な展開での保持を強いられたアーセナルだったが、トッテナムと異なり保持における明確な狙い目があった。サイドからの崩しになるのはいつも通り。だが、この日は久しぶりに左右にサカとスミス=ロウという受け手と出し手を入れ替えながら連続性をもってプレーできる選手が揃ったことが大きい。
アーセナルにとっては、トッテナムのCBもしくはCHがサイドに出ていかざるを得ない展開にするのが狙い。この日のアーセナルは非常にこの動きを再現性をもってできていた。
特に顕著だったのはアーセナルの左サイド側。左サイドに落ちることが多いジャカがズレの起点に。同サイドのSHを務めるベイルがこの動きにつられることが多かったため、大外のマーカーが足りなくなってしまう。大外にティアニーにドハーティが出ていくとその裏に抜けるスミス=ロウを捕まえる選手が不在。ここにCHもしくはCBが出てくる形になる。
ベイルを起点としてトッテナムを片側に寄せることができたアーセナル。しかしながら、アーセナルにとっては問題がある。相手を片側に寄せた時に狙いたいのは最もマークが緩くなりやすい逆サイドへのピンポイントクロス。しかしながら逆サイドへのクロスの精度が足りなくなることもしばしば、さらに言えば逆サイドにヘッドを叩きこむ動きを行える選手が不在。
そうなるとアーセナルはニアで跳ね返されるクロスに終始するのが今季の頻出パターン。たとえ、その状況になったとしてもズレさえ作れずにただただクロスを上げてきたトッテナムホームでのノースロンドンダービーよりは進歩というのかもしれないが。
ただ、この日はそうはならなかった。左サイドに張る機会が多かったスミス=ロウはファーへのクロスのパターンが効きにくいと見ると、他のパターンを引き出し始める。1つは抉ってからのマイナスのクロス。ファーへのスペースを活かせないならば、同サイドのマイナス方向にスペースを作ればいいという発想。ライン際までドリブルをして角度を作ることで入りこむスペースを作り出す。
もう1つは内側のペナ角周辺のスペース。ここからバイタル(スパーズのCHが片側に寄っているから空きやすい)を狙うか、ファーへの裏に抜けるようなクロスを狙うかなどバリエーションも豊富。なんならやり直したっていいのだし。
この2種の使い分けでゴールに迫ったアーセナル。得点につながったクロスは対面したドハーティを振り切ったティアニーがえぐり切る前にマイナスのクロス。サカとラカゼットの最終ラインに張り付いていた2人のマイナス方向に入り込んでいたウーデゴールがフィニッシュ。アーセナルはCHが後方に重たくなりやすいので、トップ下の得点関与は非常に重要。ウーデゴールがELに続いて得点を取ったことはアーセナルにとっては非常に大きい。そして、この試合で見ても前半終了間際に点を取ったことは大きい。
■攻撃陣の選択がトッテナムに追い風に
後半の頭はアーセナルが積極的にトッテナムにプレッシャーをかける形から始まる。ジャカとトーマスの相手陣へのプレスのかけ方を見たら、前半と比べて取るリスクの量が明らかに増えていくことがわかるだろう。
特にビックマッチにおいては手早いリトリートを中心とした慎重な方針を掲げることが多いアーセナルがこの手法に出れたのにはいくつかの事情がある。1つはソン・フンミンの負傷交代。裏を直線的に狙えるソンの不在は、裏の選択肢の可能性がグッと減ったトッテナムに対して、アーセナルが積極的にラインを上げることが可能になる。
もう1つはガブリエウの起用。高い位置から潰しきれることに長けているガブリエウの存在により、単騎での突破やポストを狙うトッテナムのFW陣を咎められるように。この日は相棒のルイスも非常に冷静で、高い位置からトッテナムのロングボールを跳ね返すことができていた。
加えて、トッテナムの守備陣はビルドアップの際の足元の技術に難がある。これもアーセナルにとってはハイプレスに打って出る大きな理由になるだろう。
トッテナムは右のCHに守備範囲が広いシソコを起用し、右サイドを手当てする。おそらくは撤退時のベイルードハーティラインのケア要員だったが、アーセナルのハイプレスに対して効く存在ではない。アーセナルが静的なビルドアップ以外のハイプレスという手段に出たことによってトッテナムには前半とは異なる困難に直面する。
おそらく、逆転につながったPK奪取もハイプレスから。ベンチのソンをクローズアップしていたカメラのスイッチングのせいで詳細はわからないが、PK奪取はペペのロングボールをカットしたシーンから。サカの負傷交代で出てきたペペは今日はやる気満々。
おそらく、ペペのカットしたボールは角度的にはロリスのフィードからか?なんにせよ、トッテナムのDF陣にアーセナルがプレッシャーをかけた成果なのは違いない。ボールを奪ったペペはダイレクトにラカゼットにキーパスを通しPKを誘発する。体を投げ出したサンチェスにとっては難しい対応になっただろう。むしろフィードで自陣を脱出できなかったことでこの事態を招いてしまったといえそうである。
そうこうしているうちに退場するラメラ。まだ試合は決まっていない状況なのに、イライラが表出する選手が少し目立つのがスパーズの気になるところ。こういう試合の壊し方は監督が代わっても変わらないのが不思議。
もっとも、この試合では退場が試合を壊したというよりもトッテナムをよみがえらせたのだけど。トッテナムは広大なスペースをホイビュア1人に任せ、ルーカスとアリに3列目と2列目をシームレスに動かすやり方でアーセナルの中盤を振り回す。アーセナルは退場者が出た1stプレーで相手にスローインをプレゼントしたのが痛かった。あそこからトーマスを中心にパスミスの連鎖が止まらなくなった。
ここからは10人のトッテナムが反撃に打って出る。退場後の前後分断系のサッカーの方がトッテナムの持ち味が出てきやすいのだろう。アーセナルの攻撃陣は前線のプレー選択があいまいで、トッテナムを相手陣に押し込んでポゼッションするというやり方をほぼ取らなかった。ただ、とりあえずアーセナルもボールを取ったら縦には向かうので陣形は間延びする。アーセナルはパスミス以外にもボールを取った時の選択肢が拙かったことは確か。トッテナムとしては間延びした陣形をルーカスが泳ぐことで前進はできるし、勝負のクロスは大体裏に放るので仕上げの局面で数的不利の部分が出てきにくい。ドリブルでファウルを得る形も加わってトッテナムはアーセナルにゴールに迫っていく。
しかし、75分の劣勢を残りの15分で覆すことはできず。ポスト、オフサイド、ブロックなどあらゆる手段で守り切るアーセナル相手に勝ち点を取るためのゴールを得ることはできず。
何とかしのいだアーセナルがアウェイでのリベンジを達成。ノースロンドンダービーでは久しぶりの勝利を挙げることに成功した。
あとがき
■幅をもたらした新星
前半の『らしくない』ノースロンドンダービーの展開はどちらかと言えばアーセナルにとって持ち味が出やすかった。振り返ってみれば前半あの展開で主導権を握ってトッテナムのやりたいことを打ち消すことに成功したのが多かった。
10人のトッテナムに対する最後の15分のあわあわのアーセナルを見ても、ボールが行きかう展開はトッテナムに分があるという自分のプレビューの見立てはある程度正しかったように思う。でも、低い位置からシュート機会を創出する頻度が多くないアーセナルとしては高い位置からプレスに行く時間帯を作らなければ勝つのは難しい。ハイプレスが機能したのは後半頭から退場者が出るまでの30分ほど。このプレスが効いている時間で決勝点を取ったのはかなりアルテタの思い通りにスコアが動いたといってよさそうだ。
あと、スミス=ロウはすごい。中央の選手をサイドに引き出した後のファーへのクロスが決まらないと見るやペナ角やライン際のドリブルなど様々な選択肢を引き出せたのは彼のおかげ。相棒のティアニーもとてもやりやすそうだった。
うまくいかない時の引き出しの多さで言えば今のアーセナルではサカとスミス=ロウが図抜けているように思う。この2人の柔軟性は別格。この試合の前半にスミス=ロウが見せたあらゆる手法を使ったあがき方は今のアーセナルに最も必要なものといっていい。試合の中でこういうことができる選手が多いほど、シンプルに勝ちやすくなると思う。
ソンの不在で戦い方の選択肢が狭まったトッテナムに対して、前回対戦時にはまだメンバーにいなかった新星のあがきがチームに幅をもたらしたアーセナル。スコア上では紙一重のゲームだったが、この日の内容を踏まえればアーセナルが完勝だった第二ラウンドといってよさそうだ。
試合結果
2021.3.14
プレミアリーグ
第28節
アーセナル 2-1 トッテナム
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
ARS:44′ ウーデゴール, 64′(PK) ラカゼット
TOT:33′ ラメラ
主審: マイケル・オリバー