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「シンプルイズベストとは限らない」~2020.1.21 プレミアリーグ 第24節 チェルシー×アーセナル レビュー

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図2

目次

【前半】
誘導の守備、多角形の攻撃で優位に

 「今季からウインターブレイクを導入しますね!」と宣言したプレミアリーグ。しかし、リーグカップ準決勝の2レグ制も、FA杯の再試合もやめません!という状況のままで2月に休みを取り入れたため、1月の日程は窮屈に。年末年始の疲れも癒えないままでミッドウィークに迎えたのが今節である。

 1月に9試合を戦う羽目になったマンチェスター・ユナイテッドほど忙しくはない両チームだが、チェルシーもアーセナルも中2日での対戦となった。したがって「ジリジリ様子見の試合になるかもしれない」と予想していたのだが、その見立ては外れることに。試合は非常に強度の高いプレスの応酬で始まった。

 その序盤、プレスでペースを握ったのはチェルシー。ハイプレスがバリバリ効いている!というのは言い回しとしては少し微妙。エイブラハムはプレスのスイッチ役として積極的な働きをしていたわけではない。むしろ、チェルシーが狙っていたのはその一手先ではなかったか。この日は縦へのパスの意識が高かったムスタフィ。チェルシーがターゲットに定めたのは、彼ではなくエジル、ペペなど主にムスタフィからの縦パスを受ける選手の方である。したがって、縦パスを受けるアーセナルの選手は常に相手を背負う状況にあった。

図3

 注目なのはウィリアンのタスク。逆サイドのハドソン=オドイに比べて、絞りながらインサイドにいることが多く、場合によってはトレイラを監視する機会もあった。ムスタフィやベジェリンにボールが入ると内側を切りながら外に誘導して、後方のプレス隊の縦パスの狙いを絞らせる。これにより、前を向けないアーセナルの前線。たまらずマイナス方向にパスを出したタイミングで、チェルシーが全体でそれを負いまわるように陣形をグイっとあげる。スイッチが入るおおよそのメカニズムはこのように見えた。アーセナルがマイナスのパスを出したことによりハイプレスが起動するイメージ。押し上げた後は近場を封鎖して、アーセナルからショートパスの選択肢を取り上げる。

図4

 前半チェルシーが主導権を握ることになったのは、この中盤のデュエルでアーセナルを制圧したからである。エジルにジョルジーニョ、インサイドハーフがジャカとトレイラを監視する機会が基本的には多いが、流れる動きが多いエジルに対しては受け渡しも万全だった。人に強くいくということは、陣形を見るとギャップができていることが多い。しかし、この日のチェルシーはアーセナルにそのギャップを使わせない寄せの早さがあった。

図5

 チェルシーのビルドアップは4-3-3。アンカーのジョルジーニョが手助けするいつもの形。アーセナルのプレスもアンカー+CBの3枚をエジルとラカゼットで監視するいつもの形だった。チェルシーのビルドアップでもミスは見られ、アーセナルはそこからカウンターに出ようとするのだが、チェルシーは早めにつぶすことで対処。ここでも対人での優位が効いている印象だった。

 アーセナルがチャンスになりそうだったのは、後方でのパス回しで左右に振ることで中央のトレイラが空くシーンや、開始直後の左サイドのコンビネーションやボールを受けたペペが強引にエメルソンを引きはがすシーンくらい。機会自体は少なかったが、早々にエメルソンにカードを出させたペペは大したものである。

 チェルシーが主導権を握ったもう一つの理由はボール保持時のサイドアタックの質。サッリ時代から健在の多角形形成でのサイド破壊である。SB、インサイドハーフ、WGを軸にエイブラハムやジョルジーニョが加わることで多角形の形成、破壊を繰り返し、パスコースを再生産し続ける。この日チェルシーが狙っていたのは右サイド。マルティネッリとサカは懸命に対応していたものの、ハドソン=オドイを中心に幅を取るチェルシーに対して、ジャカやルイスが引っ張られる場面もしばしば。チェルシーにとって、チャンスを作るための武器になったのは斜め方向の走り込み。多角形を作りつつ、幅を取ることで広がったSB-CB間を特に狙うことでチェルシーはチャンスを得ていた。カンテがこの走り込みを身につけたことは、個人的にはチェルシーはサッリに感謝すべきだと思う。

画像5

 斜め方向の走り込みや楔でゴール直前まで行くチェルシー。シュートとコーナーキックを積み重ねて、アーセナルの決壊まであと1歩まで迫っていた。しかし、アーセナルがその後迎えた決壊は想像と少し異なるものだった。決壊のトリガーはチェルシーの対人の強さでも、斜めの走り込みでもなく、アーセナルの1つの大きなミスから。ムスタフィのバックパスはレノではなくエイブラハムのもとに。処理しきれず交わされたレノのカバーに入ったルイスはファウルを犯し一発退場になる。これをジョルジーニョが決めてチェルシーが先制する。

 退場後のアルテタはしばらくピッチの様子をうかがっていたが、退場に伴う選手交代は行わないことを決断。ジャカをCB、エジルをCHの4-4-1へのシフトを選択した。そうはいっても、ボールを取り返すのはより難しくなったアーセナル。中2日で60分を10人で戦うことを考えるならば、そもそもこの状況では前に出ていけないのも致し方ない。

 前半の終盤はチェルシーもペースを落ち着ける。ボールを奪われても、慌てて奪い返しに行かずにリトリート。ここらへんは中2日っぽさがあった。

    試合は1-0でハーフタイムを迎える。

【後半】
シンプルな打ち手は効果的だったか

 ジャカとムスタフィの急造CBコンビをエイブラハムがかち割った流れからのチェルシーの波状攻撃、そしてそれを跳ね返した後のアーセナルのカウンターをチェルシーがファウルで止めるという後半開始の流れ。この試合の後半を象徴していた流れである。後半はこの流れが延々と続く。

 というわけで後半はアーセナルをチェルシーがPAに押し込む場面が増えていく。左は前半に紹介した斜めの動き、そして右はハドソン=オドイ。エリア内のエイブラハムはカンテが手助けをする形が多かった。

 アーセナルは先ほども述べたように4-4-1の形。中央とサイドのどちらからもボール運びを防げるような陣形ではない。チェルシーが積極的に前に出てきたことも相まって押し込まれる展開が続くアーセナル。ここで根性を見せたのはアーセナルのSH。時にはウィリアンやハドソン=オドイにSBと協力して2人でついていくシーンもしばしばである。マルティネッリ、サカの左サイドはカウンターにおいても鉄砲玉として真っ先に出ていく役割も兼任。マルティネッリは本当によく走れる。

 サイドから波状攻撃を仕掛けているチェルシー、撤退しつつも我慢のアーセナルの展開は続く。押し込まれる展開が続く中で、運動量を担保しつつ時間を作れて対面相手を剥がせるゲンドゥージをエジルに代えて投入するのは無理もないことである。

 そんな中で入った次の得点は前半に決まったゴール以上に意外な展開から。決めたのは2試合連続ゴールとなるマルティネッリ。マジで彼のネームのユニフォームを注文してよかったぜ(まだ届いていない)。カンテがずっこけてしまったのが決定的な要因であるけど、これはなんでだろうね。ラカゼットを認識していただろうから、思ったのと進む方向が違ったというのもあるだろうけど、結構マルティネッリのドリブルが大きかったのも対応しきれなかった要因なのかなとか。思ったより早く抜けていってしまったぜ的な。とはいえ、長い距離からの独走から正面すぎて角度がつけづらい状況で簡単に沈めてしまうマルティネッリの素晴らしいプレーだった。

 もっとも、点が入ろうが試合の展開は変わらない。ボール保持で攻め立てるチェルシー、非保持で耐え忍ぶアーセナル 。11人と10人の展開としては非常にシンプルである。

    そしてこの状況に対する両チームの交代も非常にシンプルであった。ボールを持つ機会が増えそうだから、マウントとバークリーを入れて最終局面でボールを持った時のアクションを強化したチェルシー。しかし、この交代はボールを持たずとも抜群の働きを見せられてるカンテとの入れ替え。カンテが抜けた分、アスピリクエタがPA内に飛び込んでいく形は増えた。ただ、バークリーが裏抜けして決定機を迎えた場面を除けば、交代選手の活躍が目立った活躍はなし。これが唯一の交代選手の輝きであることを考えると、やっぱりボール持たないところの動きが求められてるじゃん!それならカンテでいいじゃん!って思っちゃったけども。

    左右でクロスが増えてきたからバチュアイを入れて、クロスのターゲットを増やそう!というのも打ち手としては非常にシンプル。それに対してエリア内の人数を合わせよう!というペペ→ホールディングでの5-3-1へのシフトもシンプルである。しかし、シンプルな交代が奏功しなかったのはアーセナルも同じ。アーセナルの2失点目のシーンでホールディングは抜け出すアスピリクエタをケアできず。中で跳ね返すための3CB化というシンプルな手打ちはアーセナルにも効果が薄かった。

   ただし、試合はこれでは終わらず。スコアが動いた後、チェルシーの2点目のシーンの直前のプレーで痛んでいたエイブラハムが足を引きずるようになる。主審はチェルシーの2得点目のシーン付近でドクターを入れることを許可したものの、エイブラハムはセレブレーションの輪に加わりに行ったらしいので、その後の局面では主審が進んでプレーを止めることがないのは妥当に思える。というわけで、チェルシーの選手はプレーを切るかな?と思ったら、誰もプレーを止めることなく試合は進んでいく。いや、フェアプレーかもしれないけど!エメルソンもバチュアイもプレーを切るチャンスあったと思うけどね。そうこうしているうちにそのエイブラハムが守備に行ったチェルシーの左サイド側から劇的な同点ゴールが生まれる。足を引きずった状態のエイブラハムがベジェリンに簡単に引きはがされるのをみたチェルシーファンは歯がゆいことこの上なかっただろう。逆に、1年前のチェルシー戦での大けがからようやく本格カムバックを果たしたベジェリンがこの舞台で貴重なゴールを決めるシーンを目の当たりにしたアーセナルファンは大いに歓喜に湧いた。

    片方のチームが数的不利ということもあり、盤面的にはシンプルな展開が続いた後半だったが、それでもこれだけ多くのことが起きるというのはいかにもダービーだなとしみじみ感じた。

    試合は2-2のタイスコアで終了。結果的にポイントは分け合ったが、試合後の両チームのファンの顔を見れば、両チームの持つ勝ち点1の意味合いは異なったのかもしれない。

あとがき

■気が利かなかったゲーム運び

   思い返せば1カ月弱前でのエミレーツでの対戦も後半は似たような展開になった。個人的な所感を述べれば、アーセナルが10人だったこともあり、あの日のチェルシーよりは今節のチェルシーの方が相手を押し込んだ時の質は高かった。サイドからのコンビネーション、個人での突破ともにアーセナルの急所までたどり着いていたように思うし、簡単に跳ね返せていたあの日に比べれば、アーセナルが攻撃を食い止める位置はだいぶゴールに近い場面が多かった。サイドでの崩しがあの日よりもうまくいっていたのに、得られた勝ち点は少ないというのは不思議な感じである。

   ただ、コバチッチとカンテ、ウィリアンと気が利くタイプの選手を軒並み変えた結果はわーわーした感じは否めない。単にプレーの質の問題もあるが、それ以上に試合運びでのずる賢さをほとんど感じなかった点はチームとしてまだ未熟な証拠だろう。2失点目はボールに触れられなかったケパ以上に、チームとしてもっともっとできることがあったはずだ。自分がチェルシーファンなら、おそらくランパードの采配と交代選手のパフォーマンスには相当フラストレーションを溜めただろう。

   このペースで勝ち点を積むとすれば、今季終了時のチェルシーの勝ち点は63。CL出場権争いはここ数年、勝ち点70を超えるハイレベルな戦況が一転、足の引っ張り合いの泥沼の様相を呈している。ふがいない戦いが続いているチェルシーだが、追いかけてくるチームの足並みもまた重たく、後続との勝ち点差はまだある状況だ。逃げ切りのための浮上のきっかけどころかやや重い空気をまとってしまったチェルシー。ランパードに次の一手はあるだろうか。

■劇的な同点ゴールも課題はまだまだ

 劇的な同点ゴールで勝ち点をつかみ取ったアーセナル。今季退場者を出した試合では1勝2分と負けていないのはちょっぴり不思議な感じである。まずはマルティネッリやベジェリンをはじめとする選手たちのスピリット、そしてチームのこのメンタルを引き出したコーチングスタッフを称賛したい。決定的なミスをしたムスタフィも、その後は平常心でプレーできていたのはよかった。急遽のCBを務めたジャカと共に、急造最終ラインを支えた。その後のホールディングの出来を見ても、現状での序列は個人的には納得である。ホールディングもルイスの出場停止で再度チャンスは与えられるはず。長期離脱明けなので焦らずじっくりやってほしい。

 一方で課題もある。人に当たってくるチェルシーのマークを剥がせなかったのは11人の時点で露呈した問題。前節より前から引き継いでいる課題である。ルイスにタイトにあたり、もう1人のCBにボールを持たせるやり方とともに、アーセナルから自由を奪うためのオーソドックスなやり方として定着する可能性はある。これに対する解決策を見つけないことにはシュート機会は増えてこない。10人の時間が長かったとはいえ、シュート2本はあまりにも少ない。決定力は称賛されるべきだが、問題として解決はしたわけではない。

 もう1つ気になるのはエリア内での守備だ。この試合では数的不利になって以降、サイドの守備で抉られる場面が多く、クロスを上げられる状況そのものが悪かったこと。そして、ダビド・ルイスがいなくなってしまったことなどいくつか考慮しなければいけない部分はあるが、セットプレーでの守備はここ数試合やや不安定さが目立つ。チェルシーはPLで特段空中戦(ヘディングでのゴールは8位)に優れたチームではない。クリスタル・パレスもシェフィールド・ユナイテッドもヘディングやエリア内の得点が多いチームではなく、そういったチームとの対戦で相手にフリーでヘディングを許す場面が出てきたのは少々気がかりだ。

 課題は多いが、同点ゴールでチームの雰囲気は上々。勝利からは遠ざかっているが、ここ数年で最も前を向ける試合が続いている状態と言っていいだろう。ファンが誇りに思うようなアーセナルが徐々に戻りつつある。巻き返しの後半戦に向けてこの勝ち点1を起爆剤にしたいところだ。

試合結果
プレミアリーグ 
第24節
チェルシー 2-2 アーセナル
スタンフォード・ブリッジ
【得点者】
CHE:28′(PK) ジョルジーニョ, 84′ アスピリクエタ
ARS:63′ マルティネッリ, 87′ ベジェリン
主審: スチュワート・アットウィル

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