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【前半】
空いたチャナティップゾーンを利用して
ルヴァンカップの決勝に初めて臨むチームと、5回目の決勝だけど全部負けているチーム。どちらもボールを持ちたいけど、浮足立ちそう!というカードである。立ち上がりはそれを象徴するかのようにボールが右往左往する展開に。開始直後のジェイの抜けだしはあったものの、基本的には最終ラインがオープンでボールを持っても、前に蹴っ飛ばすことが多く落ち着くことはなかった。まずは安全運転ということだろう。危険な自陣でのパス回しをとりあえず避けてスタートしたファイナルだった。
機会は少なかった中で見られた札幌のボール保持はおなじみのミシャ式型4-1-5だった。深井が最終ラインに入り、荒野が中盤にとどまる。菅と白井は高い位置を取ってWG化する。大まかにはプレビューで書いた通りだった。
若干変化があったのはチャナティップの立ち位置。高い位置で前を向かせる役割に専念させるのかと思っていたら、川崎の中盤のプレスラインよりも手前に降りてきて前を向く。この動きはセットされたプレーでもカウンターでも多く見られ、川崎はいずれのパターンでも低い位置で降りて前を向くチャナティップにはあまり人をぶつけていなかった。
それでもコンパクトな陣形を維持していれば問題ないのかもしれないが、立ち上がりは川崎の前線はやや前がかりにプレスをかけていたため、陣形はやや間延び。DF-MF間のスペースは空けてしまいつつ、降りたチャナティップを自由にする動きが目立った。
チャナティップが降りていくぶん、高い位置を取る選手が代わりに出てくる。9分の先制点のシーンで、この位置に入ってきたのは福森。DF-MF間でボールを受けて素早く右に展開。白井と車屋のアイソレーションを演出し、ここからノッチを作った。
札幌はプレビューで触れた「チャナティップを自由にプレーさせられるか?」「サイドで1on1の優位を作れるか」の2つのポイントを活かして得点を演出。チャナティップは高い位置でフリーで持ったわけではなかったけど、結果的にはそのスペースを使ってギャップを作った形である。
【前半】-(2)
気になる最終ラインの切れ目
先制点を境目に、川崎がボール保持の時間を増やすようになる。札幌は5-2-3で迎え撃つ。特徴的なのは両シャドーが中央に絞って立つこと。3トップが激しくプレスをかけるのではなく、真ん中を切った立ち位置を取ることで田中、大島、あるいは脇坂が降りてきて起点になるスペースは中央にはなかった。
それならば、川崎が侵入したいのはシャドーの背後、CHの脇のスペースである。ここのスペースの管理の仕方はややアシンメトリーだった札幌。川崎の左サイドは、このスペースを使おうとする阿部を阻害するように荒野が前に出てパスコースを切り、深井が中央にスライドするパターンが多かった。
左サイドからの侵入は厳しかった川崎。ただし、逆側のCH脇の管理は比較的甘めで、荒野のいないサイドからの侵入は簡単にできていた。荒野に最終ライン前をプロテクトさせるのが不安だったのか、深井が出ていく速度が遅かったのかはわからないけど、ここのスペースにはCHのスライドが間に合わず。となると、ここに侵入した選手へのアタックは最終ラインの役割となる。登里か家長がワイドに張るパターンが多かったためか、ピン止めされていたWBの菅ではなく、福森が突撃するパターンが多かった。
札幌の問題点は福森や進藤などのワイドCBが出ていった時の最終ラインのスペース管理である。出ていった選手のスペースを埋めるようなスライドがあまり出来ていなかった。
この札幌の欠点がわかりやすく見られたのが19分のシーン。ダミアンのシュートがポストを叩いたシーンである。この場面では大島がCH脇から侵入。最終ラインから福森が大島を捕まえるのが遅れるところから。進藤と白井の絞りが遅れて、阿部の抜け出しを許す。大島が中央にいた荒野も同時に引き付けていたため、深さを作られると中央はがら空き。阿部にはダミアンだけでなく、マイナス方向に脇坂の選択肢もあった。
ちなみに札幌の右サイドは前方アタックに白井が出ていくパターンが目立った。この時の最終ラインのスライドは結構整理されていたので、ここは準備してきたものだったりするのだろうか。
30分を過ぎると徐々に最終ラインが下がってくる札幌。前方にとどまっていた鈴木とチャナティップは中盤に加わり、5-4-1のような陣形になる。下がっているので札幌は前に出てくるのが難しくなる、かと思いきや特にそんなことはない。清水秀彦さんがおっしゃるように、川崎がシュートで終わることができなければ、フリーになっているチャナティップにボールが渡ってしまうし、武田修宏さんがおっしゃるように、チャナティップにボールが渡ればカウンターが飛んでくる。ジェイも鈴木も両WBも脚力は申し分ない上に、川崎が中盤をごっそり留守にしながらサイドやPA内に雪崩れ込んでいるので、ロングカウンターはよく刺さる。
川崎は相手陣に押し込んでからのサイド突破のハードルが徐々に上がってくる。札幌の中盤が激し目にスライドすることを利用してサイドチェンジを駆使しつつ、なんとかエリア内に侵入。困ったときのダミアンへのクロスも織り交ぜつつ、徐々に札幌ゴールに迫っていく。
そしてなんとかこじ開けたのはセットプレー。頼りなるタイトル請負人である阿部浩之の一撃。前半ラストプレーで川崎が追いつき、試合は同点でハーフタイムを迎える。
【後半】
家長が持つ2つの選択肢
前半ラストプレーで同点。ということで仕切り直しである。キックオフ直後はまったりしたスタートになる?と思ったけど、先に仕掛けたのは川崎。ダミアンをスイッチに中盤を押し上げた前からのプレスを仕掛ける。低い位置でロストして、決定機を献上する場面もちらほら見られた札幌。まずは面を食らった形になった。
後半も札幌のロングカウンターは健在だが、先制点を演出した白井の突破がやや不発気味になる。ここは車屋がよく食い止めたといっていいだろう。というわけで前線をもう少し縦に速い方針にシフトチェンジ。ジェイに代えて、アンデルソン・ロペスを投入する。これによって、ネガトラの時に空きがちな川崎の中央を切り裂くことができた。しかしながら、突破後のプレーセレクションの悪さが目立つアンロペさん。フリーの味方を活かせず、川崎としては助かる場面は多かった。
前半同様押し込む時間が増える川崎。攻撃の中心になったのは家長昭博だ。登里が菅を低い位置でひきつけることで、まずは家長にサイドのスペースを提供する。
ここからのパターンは主に2つ。福森とミンテのニアサイドの間に走りこむ選手(脇坂、登里etc)を使うか、逆サイドWBの白井の周辺を狙ったクロスを上げるか。前者は最終ラインを押し下げて、マイナスのスペースを創出することができるし、後者は札幌のDFの視野が大外→大外になるので、中央で川崎の選手がマークを外しやすいという利点がある。
家長が福森を引っ張り、複数の選択肢を持つ。この流れで川崎はいくつかの決定を創出した。決められなかったけどね。
60分付近の脇坂→中村の交代でやや前線の機動力が落ちた川崎。ニアサイドへの走り込みや、ダミアンへのクロスの落としをフィニッシュにつなげる役割だった脇坂の不在により、若干の停滞が見られるようになる。出し手のスペシャリストである中村を生かすべく、スペースへの抜け出しに長けた小林をダミアンに代えて投入する川崎。個人的には高さを捨てるのは嫌だったが、最終ラインに揺さぶりをかけてギャップを作る動きは欲しかったので、納得のできる交代ではある。
札幌はWBとアンデルソン・ロペスの停滞、川崎は前線の流動性の低下で徐々にチャンスを創出する頻度は減ってきた終盤。そんな中で2点目を決めたのは川崎だった。前半に紹介したダミアンのポストへのシュートのシーンと似たような場面。DFラインの前で持つ大島に対して飛び出したワイドのCBがつぶしてきれなかった。深井は小林への楔を消すコースに立ったが、大島の選択は浮き球での裏。ダミアンなら足元だったかもしれないが、小林なら裏への動き出しで勝負!の場面だった。
頼む!あとはしのぐだけだ!という川崎サポーターの思いが砕かれたのは後半ラストプレー。大島と深井の身長差のミスマッチを突いた札幌がCKを沈めて追いつく。
というわけで延長戦だぜ!!
【延長戦】
ダブルパンチをセットプレーで跳ね返す
ただでさえオープンな展開を好む両チーム。延長という舞台に加えて、後半の劇的なスコアの推移も加味すれば、かなりオープンな展開になることは想像に難くない。というわけでそういう展開にもってこいの長谷川竜也を投入する川崎。ゴール前toゴール前になりがちなスペースのある状況ではうってつけの人材である。
札幌側も後半に投入したルーカス・フェルナンデスでオープンな展開は受けて立つぜ!の構え。そして先に結果を出したのは札幌だった。長谷川竜也を自陣深くまで追いかけてボールを奪ったルーカス・フェルナンデスのドリブルを起点にチャナティップが谷口からファウルを奪取。決定機阻止の一発退場とFKによる勝ち越し弾のダブルパンチというどでかい成果をもたらした。
退場者を出してしまった上に、ビハインドの展開という重たい十字架を背負った川崎。とりあえずワイドに走れる人材を!!!ということでマギーニョを投入。ブロック守備には不安は残るが、そんなことを言っている場合ではない。カウンターは単騎で止められるし、横に揺さぶるのが有効な札幌相手には攻撃では外を走り回ってくれるだけでとっても助かるのである。マギーニョ、ベンチに入れておいてよかったね。左は長谷川がルーカス・フェルナンデスとの1対1ならば優位。終盤のこのサイドはボールを持っている方がストロング!という力関係だった。
リスクは承知ながら高い位置で幅を取れるのは非常に助かった。なぜならば、セットプレーのチャンスが得られるから。というわけで最後の得点もセットプレーから。小林悠の同点弾で追いついた川崎。その後は札幌の攻撃をしのぎつつ、なんとかPK戦に。
本戦だけでなく、PK戦でも劇的な展開が続いたこのゲーム。PK戦でも土壇場で戦況をひっくり返した川崎が初のルヴァンカップ制覇を成し遂げた。
あとがき
素晴らしい試合を見せてくれた両チーム。あとがきで僕が語る言葉よりも、小林や深井のゴールシーンなど、選手たちのワンプレーワンプレーの方がはるかに雄弁な試合だった。粗がないとは言えない両チームだったが、多くの人の心を揺さぶる試合をしたのは確かであり、それこそがこの舞台には最も大事なものかもしれない。両チームの選手、スタッフ、ならびにこの試合を彩ったサポーターに拍手である。
■ストーリーを完成させた新井章太
一つだけ語らせてほしいことがあるとすれば新井章太について。GKに関しては特に技術的な部分に関しては不得手で、本文で触れることも非常に少ないためあとがきで触れさせてほしい。
止めた2本のPK、鈴木武蔵の抜け出しを防いだ飛び出し。この試合は新井の力なしでは川崎の勝利はなかった。自分の中での新井のイメージはどんな緊急の出番においても、万全のパフォーマンスで応えてくれる「準備の王様」である。特にソンリョンが加入してからのここ数年は第2GKとして、ソンリョンのケガや出場停止をカバーしてくれた存在である。急にめぐってきた出番の時も「新井がいる!」と胸を張ってゴールマウスに立つ彼に声援を送るサポーターは多かっただろう。
祝勝会での「大久保嘉人との居残りPK練習の成果が表れたのではないか?」という質問に「それはないです」と即答して笑いをとった新井。チームの雰囲気を作る彼らしい回答だ。
このやり取りをみて思い出したエピソードがある。2017年10月、大勝したC大阪戦の4点目のゴールは森谷賢太郎のスーパーミドルだった。試合後に森谷は「新井のおかげ。いつもシュート練習に付き合ってくれる新井が素晴らしいGKだから」という旨のコメントをした。それに対して新井は「俺がGKなら止めていた」と返事をしたのである。先ほどの大久保のエピソード同様、冗談交じりのあまのじゃくな回答である。
自分は川崎の練習を一度も見に行ったことがない。しかし、新井が森谷のようになかなかスタメンに定着できない選手の素晴らしい練習相手であることは、川崎の選手がゴールを決めた時の彼の喜びようを見れば容易に想像がつく。
多くの選手を陰ながら支え、川崎のタイトル獲得に大きな貢献を果たしてきた新井が、今度はPK戦でゴールマウスに立ち、仲間から支える声をかけられる立場になったこの試合。彼はこの大舞台で見事に「ストーリーを完成」させた。
ルヴァンカップのファイナルは天秤が両チームに大きく振れるスリリングな展開になった。この試合に勝利の女神がいるとしたらきっとあまのじゃくなのだろう。そんな彼女が最後に微笑んだ相手は、自分とよく似た性格の「あまのじゃくな準備の王様」だったのだ。
試合結果
2019/10/26
Jリーグ YBCルヴァンカップ 決勝
川崎フロンターレ 3-3(PK:5-4) 北海道コンサドーレ札幌
埼玉スタジアム2002
【得点者】
川崎: 45+3′ 阿部浩之, 88′ 109′ 小林悠
札幌: 10′ 菅大輝, 90+5′ 深井一希, 99′ 福森晃斗
主審: 荒木友輔