
プレビュー記事

レビュー
プレスを撤退させたその先も見える
レアル・マドリーを下し、16年ぶりのCL準決勝に進んだアーセナル。数字上の可能性はまだ残しているものの、よりタイトルの可能性が高いCLにフォーカスする流れになるのは自然なことだろう。
とはいえ、ここは落とせない一戦。上位組、中位組、下位組に2試合ずつ振り分けられているアーセナルの残り試合において、下位組に分類される2試合をきっちり仕留めればアーセナルの来季のCL出場圏はかなり色濃いものになるはず。今季のCLにフォーカスするためにも勝ち点は早めに安全圏の70に乗せたいのがアーセナルの思惑となる。
イプスウィッチは運用の苦しさが目立つ試合に。ハッチンソンは欠場、デラップは前節に続きベンチスタート。チェルシー戦で好パフォーマンスを見せたハーストがスタメンを張る。
プレビューで触れた通り、ベン・ジョンソンがスターターの際には非保持は5-4-1に変形してきっちりブロックを組む傾向が強いイプスウィッチ。しかしながら、この日は前から強気のプレッシングに出て行く選択に。
CL明けでコンディションには疑問符があったアーセナルだが、ボールを動かしながらこのプレスを外すということは特に問題はなし。降りてのアクションを増やすウーデゴールとジンチェンコからプレスを平定するアクションはお手の物という感じであった。
サイドフローを絡めればアーセナルのIHの動きに、イプスウィッチのCHはついていくため、圧力さえかわせればアーセナルの横断はより刺さりやすくなる。逆サイドをきっちり空けるための手段としては非常に有用なものであった。
イプスウィッチのプレスは同サイドに人をスライドさせてはいるが、枚数的に合わせるほどではない。枚数を仮に合わせたとしてもアーセナルのビルドアップはラヤを絡めるため、完全に捕まえきるのは難しい。
この日はバックラインからの対角のレンジの長いキックが刺さったのもアーセナルの前進の大きな助けとなった。イプスウィッチの前プレに出て行く意識が高い以上、対角のパスを受けたアーセナルのWGはイプスウィッチのSBと1on1でボールを持つことが出来る。
WGにボールが入ればアーセナルは敵陣で押し上げするための時間を稼ぐことが可能になる。同じく、イプスウィッチのブロック守備の構築が間に合うことにもつながるが、プレビューにも書いた通り、イプスウィッチはブロック守備の精度が高くない。プレスを撃退しつつ、自分たちの攻めの枚数を増やすことを優先する方針で問題ないだろう。
実際、対角パスのターゲットになった右のサカのサイドからの攻略は順調だった。ウーデゴール、サカ、ホワイトという今季あまり揃わなかったトライアングルだったが、相手を見て逆を取り、ペナ角付近から奥を取るアクションで押し下げていくことが出来ていた。
メリーノは早々に仮説を立証
押し込む機会は十分に担保できるアーセナル。この日のアーセナルの仕上げは中央の細かいコンビネーションベース。トロサールをCFに起用したことと傾向をマッチさせたのか、あるいはイプスウィッチのスペース管理ならこの形でも崩し切れると思ったのかは微妙なところだ。
中央の密集における細かいパスはリスクもある。ブライトンからレンタルでやってきたエンシソにボールが入れば、イプスウィッチの攻撃は一気に加速することとなる。アーセナルは加速する前にエンシソを囲むことが出来れば事態を鎮静化できるが、ロスト直後など不確定要素が多い場合は逃がしてしまう場合も出てくる。
前線のハーストも同じ。ライスのプレスバックによって挟める場合は問題ないのだが、アーセナルのCB単体だと踏ん張れる馬力を持っている。収まってしまうとサイドからの陣地回復は可能だ。
だが、このデメリットをメリットで上回ればアーセナル的には問題はない。トロサールの先制点はまさしくそういえるもの。細かいスペースで相手の股を通すシュートであっという間にゴールをもたらす。
この先制点に向かう文脈は先に挙げた自陣からの対角パス。ジンチェンコの素晴らしいフィードから右サイドで時間を作ったことで仕上げに向かうことができた。最後はトロサールがこじ開けた格好であるが、ゴールに向かうところまでのプロセスは十分にこの日のアーセナルのコンセプトを踏襲したものだった。
ジンチェンコは対角パスという土台の部分で存在感を示したが、ほかの左サイドの選手たちは仕上げで存在感を発揮。それが前面に出たのが2点目のシーンとなる。右サイドから入ったボールをメリーノがフリックで奥のマルティネッリに。非常にきれいな形でゴールまで持って行った。
メリーノに関しては「CFとして起用されてよくなっている部分はIHとしても活用可能ではないか?」という仮説を述べてきたが、このゴールシーンはその仮説にのっとった部分かと思う。ボックス内での華麗なポストは見事なCFしぐさだし、この試合のように後方のゲームメイクをSBに一任できる試合においては特に問題なくボックスに侵入することが出来る。ボックス内でのスキルを研鑽することはメリーノにとっても付加価値になるし、本職のCFのマークの分散にも寄与できる。個人にとってもチームにとっても非常に大きい成長だと思う。
2点のリードはアーセナルにとってはセーフティ。前半の内にこれを確保できたのは大きいはず。そうした中でイプスウィッチはデイビスが退場。数的不利に陥ることに。これでアーセナルの勝利は9割9分確保できたという格好だろう。
イプスウィッチは5-3-1のような陣形を組むが、エンシソが右の大外のSHで左のSHが空位というかなり左右非対称な5-3-1に。アーセナルから見るとストロングサイドが空いていることになるので、シンプルにそちらサイドからチャンスメイク。「サカが仕上げられず3点目を取れなかった」というトピックスはブーイングをしていたイプスウィッチファンにとってはうれしい出来事かもしれないが、非常に順調な前半を過ごしたアーセナルにあえて難癖をつけるための材料にしかならないなという感じであった。
得点から逆算した末のギャンブル
イプスウィッチは後半に選手の入れ替えを敢行。エンシソに代えてテイラーを入れて左右対称な5-3-1に移行することとなった。
左右非対称の5-3-1に比べると左右のスライドは無理がなくなったが、降りていくアーセナルの起点を抑えられないのは数的不利においては仕方ない部分。ウーデゴールやジンチェンコの落ち着いたゲームメイクは2点のリードと数的優位を手にしているチームらしい振る舞いだった。
左右の対称性が出てきたのはアーセナルの攻め筋も同じ。前半は大外のサイド攻撃ではそこまで存在感を見せていなかったアーセナルの左サイドだが、後半は大外での連携からのチャンスメイクも行うようになった。多くの選手がジョルジーニョのようなハーフスペース裏にスピードを殺せるパスを出せるようになったのは技術の伝承を感じる部分だったりする。
エンシソを失ったイプスウィッチだが、CHが前を向いてハーストの裏抜けまで持って行くことが出来ればチャンスメイク。CHが前を向くのは自力ターンなので、この点はかなりギャンブル性が高め。ボールを取り返そうとするアーセナルの即時奪回に引っかかる可能性が非常に高いからだ。
それでもこのギャンブルをするからこそのチャンスもあった。得点を獲るということを踏まえるのであれば彼らの必要なリスクなのだろう。ただし、エンシソがいなくなったことと10人になったことでアーセナルが中央で細かいパス交換をするリスクも下がっている。
アーセナルはプレータイムが多い選手から順当に入れ替えを敢行。それでも優位が続く中で追加点を生み出したのは左サイド。スローインからあっさりとボックス内に入って言ったトロサールがやや角度のある所からシュートを放って3点目。この日、2つ目のゴールでさらにリードを突き放す。
右サイドではヌワネリがウーデゴールとホワイトと共にOJTを行っていた。やや思うような連携を気づけないシーンもあったが、終盤に足を振ってゴールを生み出すところまで行くことが出来たのはヌワネリにとって僥倖だろう。反省すべきところもあるかもしれないが、焦る年齢ではないのだからゆっくり進んでいけばいい。
最後はバトラー=オイデジの投入まで敢行したアーセナル。CL明けのチームとしては理想的な速い時間帯での先制点と、終盤に負荷を落とせる試合展開を手にし、2位固めに成功した。
あとがき
コンディション的にはもっとぐずぐずになってもおかしくないかなと思ったのだが、はるかに想像よりも高い仕上がりだったように思う。序盤に自分たちのコンディションの良さを見せつつ、終盤は強度を落とすという展開は理想中の理想。CL明けとしては完璧な90分を過ごした。
勝ち点勘定の話をするならば75ポイントで2位は確定、70ポイントで5位以内も確定ということになると思う。残り試合は5試合。前の目標には残り9ポイント、後ろの目標には残り4ポイントになる。緊張感を落とさない状況をキープしつつ、心身の疲弊を避けながら大一番にピーキングするマネジメントが求められる最終盤となるだろう。
試合結果
2025.4.20
プレミアリーグ
第33節
イプスウィッチ 0-4 アーセナル
ポートマン・ロード
【得点者】
ARS:14′ 69‘ トロサール, 28’ マルティネッリ, 88’ ヌワネリ
主審:クリス・カヴァナー