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「勝負師の取捨選択」~2025.4.30 AFC Champions League Elite Semi-final アル・ナスル×川崎フロンターレ レビュー

プレビュー記事

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レビュー

大関と神田に託された特命

 アル・サッドを倒し、クラブ史上初のACLベスト4に辿り着いた川崎。続く相手はいよいよサウジアラビア勢。横浜FMを下したアル・ナスルとの一戦に挑む。

 延長戦を戦った上に中2日という日程的な不利もある川崎。この試合では前線を中心にメンバーを大幅に入れ替えてきた。中でもこれが川崎での公式戦初スタメンとなる神田とリーグ戦でのスターターを1試合だけ経験した大関の抜擢は非常に大きなトピックスと言えるだろう。一方のアル・ナスルは11人とも準々決勝のメンバーを踏襲。川崎とは対照的なメンバー構成となった。

 まず、取り上げたいのはアル・ナスルがボールを持つ局面。川崎は4-4-2で構えてミドルブロックで待ち構える。アル・ナスルは予習した試合では2CB+2CHの4枚とGKを絡めた5枚でビルドアップを行っていたのだが、この試合ではLSBのブシャルが低い位置を取り、フィールドが5枚となった状態で後方を組むことが多かった。

 さらにはマネ、オタビオ、ロナウドといった前線のメンバーはかなり降りてきてビルドアップに関与。左のCHのアルハッサンが最終ラインに落ちる動きと連動して、ライン間に侵入する。前後分断的なビルドアップに終始していたこれまでの試合とは少しテイストが違っていた。

 川崎としてはスカウティングを外された格好かもしれないが、大きな問題にはならなかった。おそらくはポイントさえ押さえておけばアル・ナスルのビルドアップは怖くないということだろう。大関、神田の試合後コメントを見ると「ブロゾビッチを抑える」ということを共通のポイントとして挙げている。

 実際にこの試合ではブロゾビッチに関しては神田と大関が受け渡しながら監視をしていたが、時折最終ラインに落ちていくアルハッサンに関しては放置。この辺りの取捨選択は非常にはっきりしていた。深追いしない対象をはっきりさせることで、過度に間延びしない陣形をキープする。大関に関しては中央でのマークの受け渡し以外に、マルシーニョが出ていったスペースを埋めるなど、味方のカバーもできており、託されたタスク+αのモノを見せたといっていいだろう。

 中央の取捨選択は降りていく選手への対応でも見られた。この点で傾向が見えたのは高井。マネが降りていくアクションにはついていくが、ロナウドが下がっていくアクションはスルー。おそらくは降りてボールを受けた状態からできることの幅で決めているのだろう。反転してキャリーができるマネは放っておけないが、ロナウドであればただ捌くだけなので放置してOK。捨てるところは捨てることで最終ラインに穴を開ける形を抑制する。

 川崎はセンターラインの取捨選択によって中央のスペースをコンパクトに管理することに成功。SHのプレスバックする守備も光っており、中央のスペースはボール奪取からチャンスを作ることができた。

ライン間を味方につける

 保持に回った場合にも前線の選手は輝いていたと言えるだろう。トップに入った神田は序盤にマンツーで襲いかかってきたアル・ナスルに対して、ボールを収めて展開する形で前進に貢献。ターゲットマンとしてきっちり仕事をした。

 伊藤と大関に関しては中央のライン間でスペースがあるかどうかで輝くかどうかが決まる印象。直近の国内のリーグ戦ではこのスペース管理がタイトなチーム相手に苦戦が続いていた伊藤だが、アル・ナスルはMF-DF間が間延びしており、何もしなくても簡単にパスを受ければターンをすることができる。不調の原因を勝手に取り除いてくれる相手なので、完全に起用が刺さった格好だ。

 川崎の先制点の場面はライン間のマネを潰したところからのカウンター。マルシーニョを気にして前に出ていけないシマカンによってスペースを享受した大関が高い位置で前を向くと、大外のマルシーニョを使い奥行きを作る。これによってバイタル付近で足を振り抜ける空間を得た伊藤がこぼれ球を仕留めてゴールを決める。

 伊藤のシュートはスーパーで跳ね返リは幸運だった部分もあるが、トランジッションからライン間にパスを刺して、奥行きを使い、最後に空けた手前の選手がシュートチャンスを掴める状態を作ったというのは必然。この試合のプレビューでは「ライン間をどちらのチームが味方につけるか?がポイントになる」と述べたが、マネが潰されたアル・ナスルと、大関が得点の起点となった川崎のどちらかがこのシーンでライン間を味方につけたかは明らかだろう。

反省要件が得点につながる

 追いかけたいアル・ナスル。右サイドに関しては多少前進の兆しは見えたといっていいだろう。キーマンとなったのはオタビオ。山本が前に出ていったタイミングで縦パスをレシーブしたり、大外のアル=ガナムに入るタイミングに合わせて背後を取ったりなど奥を取るアクションを見せていた。

 しかしながら、このアクションは基本的には川崎の想定の範疇と言えるだろう。アル=ガナムに合わせて背後をとるアクションは一見川崎の背後を取ったように見えるが、山本がついていく動きをしたように川崎にとっては許容範囲内。同サイドにおけるCH(=下図の山本)はこうした出ていくSBやSHのカバーをきっちり行う、逆サイドにおけるCH(=下図の橘田)はラインが下がった状況に合わせてボックスに入り、クロスをケアする。これが川崎の守備のメカニズムだった。

 深い位置まで侵入しているように見えるアル・ナスルだが、パスワークに関しては全然ルートが分岐していないので怖さがない。ほとんどが川崎の守備のスライドが先を行っていて、敵陣でのパスワークで違いを見せられたわけではないだろう。

 不可解だったのはこちらも予習で見たような早めのクロスがあまり見られなかったこと。ハーフスペースを取るなど、なぜか一工夫入れたがる。川崎のクロス対応はほぼ高井に頼りきりだったので、例えば丸山につっかけ続けるロナウドに向けてクロス千本ノック状態とかを作られたら、川崎は試行回数に押しつぶされていただろうなと思う。

 クロスの対応が安定していた川崎。奪った後の1本目のパスがつながることはそこそこあり、トランジッションの目は十分にあった。ただ、前半の途中からやや球離れが悪くなったのは気になるところ。狭いスペースでのパスワークを好む傾向も相まって、ドリブルで網につっかけては勝手にロストする場面も多かった。

 特に左のSBの三浦が上がっている時のロストは致命傷になりかねなかったのだが、ここでも不可解だったのはアル・ナスルの対応。絶対に急ぐべき場面なのにスローダウン。具体的には右の大外に走らないデュランが悪い。三浦の背後をとるポジトラをしていれば、8:20と30:00のシーンで前半のうちにあと2回は致死性のシーンを作ることができたはず。

 実際にトランジッションでサイドに入った17分の場面では川崎の守備を大混乱に陥れている。カウンターにおいて最も川崎が恐怖を感じた場面だったと言えるだろう。

 チグハグ感が続くアル・ナスルだが、相手の攻撃を防いだ川崎が延々とドリブルでロストを繰り返すため、試行回数を確保することはできた。その状況を活かしたのはマネ。左サイドからのドライブで強引にコースを作り出してゴールを決める。

 マネのシュートが丸山に跳ね返ったことで「ミドルはコースに入らないほうがいいのでは?」という論調もあるが、68分の山本のようにコースの上にいる選手が触ることで変わったコースが相手の攻撃を寸断するケースもあるので、一概にどちらの方がいいとジャッジするのは危険だろう。このシーンでは丸山が避けていれば山口がセーブできた可能性は確かにありそうであるが、

 橘田のところでブロックができていれば跳ね返りがゴールに向かう心配はだいぶ減るので、間を破られてしまったことはあえて言えば反省になるのかもしれない。だが、このコースを作る駆け引きとミドルの精度を兼ね備えている選手はそもそもACLではなくUCLレベルであることと直後の似たドライブのシーンではブロックに成功していることを付記しておきたい。

 どちらかといえば川崎はボールを奪った後にドリブルのロストで簡単に相手に攻撃の機会を与えていたことを反省すべきだ。だが、41分にはロストと強引な突っかけるプレーが大関のゴールを呼び込むことになるのだからサッカーは難しい。

 このゴールを受けて、安易な縦パスでロストを誘発していたCBのアリ・アラジャミをやや懲罰気味の交代した上で、もう一枚アタッカーを投入。一時的にマネがトップ下の4-3-1-2を形成したように見えたが、すぐに4-2-3-1に陣形を戻している。川崎が再びリードを奪い返し、アル・ナスルのメンバーに雷が落ちたところで試合はハーフタイムを迎えた格好となった。

失点パターンを捨てた布陣変更

 後半、川崎は脇坂とエリソンを投入。おそらく、これは時間配分的に非常に計画的な交代なのだろう。直近の試合で言えば、脇坂とエリソンは縦関係を形成することが多かったが、この日はフラットな状態でブロゾビッチの受け渡しロールを前半から引き継いだ感がある。

 保持に回れば前半の反省を生かしたのか、ボールを動かしながら広く展開。人数をかけた攻撃で敵陣に押し返す時間帯を作っていく。特にこの点で素晴らしかったのは山本。リードしている時間帯らしいパスワークで相手を動かし、相手にきっちりとボールを奪い返すスキルを見せつけている。逆に脇坂は前半の面々のように強引なドリブルで自ら網に引っかかりに行った感もあったし、三浦の攻め上がりもリードしている展開においては少し不要なリスクを負っているようにも見えた。

 ただ、川崎以上に後半はアル・ナスルの苦戦が目立つ。パスワークのメインターゲットとしたのは右サイドだが、先をとる形で川崎を出し抜くことができないのは前半と同じ。さらにはSBからのクロスの質も低く、ニアで跳ね返されてしまい、アクシデントの余地もない。逆サイドではマネやデュランのゴリ押しが目立っていたが、ファン・ウェルメスケルケンと佐々木のSBリレーでなんとか封殺する。

 すると、川崎はエリソンから追加点。サイドに流れて長いボールのターゲットになることで後半は陣地回復を見せていたエリソン。おそらく対峙していたラポルトからすれば時間稼ぎの一環と油断していたのだろうが、この油断が命取り。エリソンにエンドライン側から破られてしまう。プレミアで長年見ていた身としてはいかにもラポルトらしい軽いプレーだなという感じだ。

 もちろん、ラポルトを出し抜いたシーンは重要なポイントだが、エリソンはその後も非常に冷静。GKのベントまで引きつけることでシュートを押し込む家長の仕事を簡単にする。

 順調に試合を運ぶ川崎。2点のビハインドとなったアル・ナスルは前線のメンバーを投入し、ファイヤーフォーメーションに移行する。この変更はやや川崎に混乱を与えた感がある。特にブロゾビッチの管理を命題としていた前線の守備は基準点がなくなってしまった印象で、なかなか前からのボールを捕まえるポイントを定めることができなくなってしまった。

 なんとなく押し下げられるシーンが続くと、アル・ナスルはアイマン・ヤヒヤのミドルからゴール。この試合では他の選手よりは後ろの配置での投入となったが、トップ下も務めるアタッカーらしいミドルで1点差に迫る。

 長谷部監督はここで5バックにシフトを決断。脇坂を中盤に組み込み、エリソンを一番前に残して独力での陣地回復役に任命する。驚いたのはこの変更はどちらかと言えば2点目のアイマン・ヤヒヤのシーンのようなミドルを呼び込んでしまうような変更であるということ。普通は失点パターンをケアするのだけども、それよりもラポルトをパワープレーで前線に上げたことで増強された枚数にDFの枚数で対抗するのが優先と考えたのかもしれない。

 この長谷部監督のプランに応えた選手は終盤に獅子奮迅の躍動。FKで壁の間のシュートをきっちりと防いだ山口と、ロナウドのシュートを体を張って止めた佐々木(と接触を避けた山口)は素晴らしい局面での対応でゴールを許さない。

 結局試合はそのまま終了。サウジアラビア勢との大一番を制した川崎がアル・アハリが待つファイナルに駒を進めた。

あとがき

 スコア的には川崎が常にリードをしていたものの、主導権を握る争いではややちくはぐな個々のプレー選択が続いており、危うい場面も少なくなかった試合だった。それでも守備でのやらせないことの線引きを譲らなかった川崎と、いくつかの不可解な攻め筋の選択が続いたアル・ナスルでは前者の方がこの試合でやるべきことにコミットしていた印象だ。

 おどろかされたのは長谷部監督の勝負師としての才覚。失点パターンでの攻撃はある程度許容するシステム変更と決勝で勝つことを意識した70分までの交代枠の消費はどちらも一歩間違えれば敗着の一手になりかねないもの。いかにも勝負師という感じだった。

 大関、神田の先発起用にも驚かされたが「ブロゾビッチをきっちり管理する」という命題においては、経験の少ない選手の方がきっちりと咀嚼できる可能性もあるかなと思った。想像の域を出ない話になてしまうが、例えば「川崎の前線たるもの、DFへのプレスを怠ってはいけない!」みたいにチームとしての哲学を背負おうとする選手であれば、ブロゾビッチを管理しつつ前に出て行きたくなってしまうこともあるだろう。

 そうなれば、欲を掻きすぎてそもそもの本筋であるブロゾビッチのケアがおそろかになるという結末も考えられる。いかにも、チームとして背負うものが大きい選手の方が陥りやすい罠である。準々決勝の横浜FMはまさしくその術中にハマってたように見えた。

 だからこそ、経験の少ない選手にシンプルなタスクとしてブロゾビッチの管理を託して、チームとして背負うものが大きい選手に前半を観察させるっていう長谷部監督の方法論は単純なプレータイムマネジメントだけではない効果もあったように思う。捨てるところは捨てる。この相手には長谷部監督の取捨選択の感覚は大一番で非常によく刺さっていた。

試合結果

2025.4.30
AFC Champions League Elite
Semi-final
アル・ナスル 2-3 川崎フロンターレ
キング・アブドゥッラー・スポーツシティ
【得点者】
ALN:28′ マネ, 87′ アイマン・ヤヒヤ
川崎:10′ 伊藤達哉, 41′ 大関友翔, 76′ 家長昭博
主審:アリレザ・ファガニ

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