■『嵐』を乗り越えた勝利
まだEURO2020は終わってはいないが、ここまでの中での謎采配No.1は今のところはこのスイス戦におけるデシャンの臨み方である。これまでのフランスからの変更点は最終ラインの枚数を増やしたこと。ラングレを最終ラインに置き、3CBでスイスに挑むことになった。
3バックにしたことが最悪だったというわけではない。そういうやり方もあるだろう。相手を引き込むことができればムバッペを中心にロングカウンターに転じることができる。フランスにとって問題だったのはラインを下げてからの攻撃の手段ではなく、守備においてラインを下げることのとらえ方である。
フランスは前の形は3-2。グリーズマンは3トップの右ではなく、インサイドハーフの左に入る形。これだとスイスの3-2のビルドアップとは噛み合わない。噛み合わないなら噛み合わないで仕方ない部分もあるだろう。
だが、後ろに重いチームでやっていけないのは、後から慌てて出ていった挙句、交わされ運ばれること。スイスのホルダーに対してフランスが後追いでプレスに行くと、一番近くのスイスの選手が空いたままに。まるでスイスにポゼッションの道筋を締めているかのようなフランスのプレスだった。特に大きく縦に進められるジャカの存在はフランスにとっては厄介だった。
フランスはCBを増やして高い位置からのチェイスを整備するわけでもなければ、エリア内での跳ね返しの強度が上がったわけでもない。単純にローラインに晒される機会が増え、その分ピンチが増えただけ。セフェロヴィッチの先制点は理に適ったスイスの崩しが機能したことが要因である。
4バックに移行後のフランスは攻撃面で苦戦。フランスは左サイドから作りたさが見えたものの、フィニッシャーのムバッペも左で構えるという矛盾に苦しむようだった。同サイドを崩しきれるほど整備はされていないし、右サイドに展開した後の手薄さも否めない。リカルド・ロドリゲスのPKを止められたことが唯一フランスにとってポジティブなトピックスだった。
保持の局面で苦しむフランスを救ったのは好調を維持し続ける2人のタレント。特にベンゼマの同点ゴールは圧巻。なんだそれは。見たことのないトラップから得点までつなげてしまうエースの貫禄をこれ以上ない形で示したシーンだった。これで勢いに乗るベンゼマは直後に逆転ゴール。これで一気に流れはフランスに。ポグバのスーパーゴールが決まった時はさすがに勝負は決まったとする向きが多かった。
しかし、クロアチア同様、フランスの守備も根本が解決したわけではない。地道につなぐ部分がぶれなかったスイスは『ベンゼマの嵐』を過ぎ去った後に、再度ペースを握る。自陣からのつなぎで右サイドにつないだスイスはムバプのクロスから再びセフェロヴィッチ。組み立ての局面でも絶大な存在感を見せたエースの一撃で1点差に迫る。
その後もフランスのプレスを交わし攻撃に転じるスイス。すると、後半追加タイムにその時はやってくる。ジャカのグラウンダーの縦パスは直前にオフサイドで得点を取り消されたガヴラノヴィッチの元に。キンペンベを交わし、今度は正真正銘の得点を生み出して見せた。この期に及んでジャカへのマークが甘くなったのは痛恨だろう。あそこで寄せないのならば、シソコは投入された意味が分かっていないといわれても仕方がない。
コマンのシュートがポストを叩くなど90分のラストプレーまで見どころ満載だったこの試合。延長戦でも互いに好機を生む。個のフランスとつなぎのスイスというそれぞれの形からシュートまで持ち込むも、決定打には欠けたまま試合は大会初のPK戦に。
本戦ではPKストップを決めたロリスだったが、完全にスイスに動きを研究されていた感が否めない。むしろ、読まれた部分に対応しようとして4本目はタイミングが合わなくなってしまうなど、スイスのシュートが枠からそれることをフランスは祈るしかなかった。その中で試合を決めたのはフランスの5本目。不調が目立つうえに、終盤は足を引きずっていたムバッペのシュートが止められるというこの日のフランスを象徴する形で試合は決着。
結果だけ見れば大波乱。だが、試合を通して地道に相手を剥がしてゴールに向かっていたのはスイスの方。『嵐』を乗り越えた掴んだPK戦での勝利は彼らのポテンシャルの大きさをまざまざを世界に見せつけるものだった。
試合結果
フランス 3-3(PK:4-5) スイス
ブカレスト・ナショナル・アレナ
【得点者】
FRA:57′ 59′ ベンゼマ, 75′ ポグバ
SWI:15′ 81′ セフェロヴィッチ, 90′ ガヴラノヴィッチ
主審:アンドレス・ラパッリーニ