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「主役でもキングでもないけども」~2023.6.11 J1 第17節 川崎フロンターレ×サンフレッチェ広島 レビュー

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レビュー

想定外の事態で揺らぐ広島の優位

 天皇杯で控え組を使ってきた川崎は概ね予想通りと言えるスタメンだろう。その一方で連戦の最終節となる広島は数人を入れ替え。右のWBを越道、シャドーにエゼキエウを入れて松本と茶島をベンチスタートという変更を行った。CFのチョイスがドウグラス・ヴィエイラというのもここ数試合とは異なるトレンドである。

 序盤のペースを握ったのは明確に広島だった。立ち上がりはヴィエイラの高さを生かしてジリジリ前進すると、PA内で高さを生かしていきなりシュートがポストを叩くシーンを作る。

 ただし、高さを生かした前進は広島の主導権の本流ではない。むしろ高い位置からのプレッシングが広島の主導権の源だったと言えるだろう。広島は川崎のバックラインに人をつけてハイプレスを仕掛けていく。ヴィエイラ、エゼキエウは川崎のCBをケア。アンカーのシミッチには森島がついていくという形で3トップを変形させながらマンマークを行っていく。

 川村と野津田もそれぞれ脇坂と大島をケアするため、川崎は中盤とCBを完全にマンツーでついてこられる形になる。余った上福元は最後方から出すところを探るように。

 まず動き出したのは山根。絞るアクションで右のCBの大南と横の位置関係を入れ替えつつアンカーのそばによるアクションを見せるようになる。山根のマンツーの担当は順当に行けば左WBの東になるのだが、彼のマンツーの濃度は中盤は前線と比べると薄め。つまり、インサイドに入り込む山根についていく素振りを見せなかった。

 大島や脇坂といったIHの選手が降りてきても対面の広島の選手がベッタリとついてきていたため、川崎のボールの預けどころとしては機能しない。山根の移動はIHの移動とは異なり、動くことで自由になれる類のものだった。

 山根の移動で川崎はインサイドにズレを作れるようになった。しかしながら、広島はプレスの担当を変えながら山根にもプレッシャーをかけて対応する。山根自身がインサイドでのプレーを余裕を持ってできてはいなかったため、配置的な混乱を生むことができても実際に前進に寄与できていたかというと怪しいところ。東が山根への注意を時間の経過とともに強めたこともあり、ビルドアップのブレイクスルーにはならなかった。

 プレスを軸として順調に試合を進める広島だったが、川崎にとっても想定外の事態で試合のパワーバランスは動くことに。それは小林の負傷交代でダミアンが登場したことである。小林の負傷は非常に気掛かりではあるが、この試合に関しては1人でCB相手に背負うことができるダミアンの方が果たせる役割が多かった。

 広島の中盤の意識は川崎のIHに向いているので、ダミアンへのロングボールの挟み込みはできない。実は昨年も知念が全く同じアクションでフリーになっている。広島の中盤が前の意識が強いことでCBと挟み込めないことを利用して、手前のスペースを使ってボールをキープしたのである。

 ダミアンはターンよりもポストを優先したが、うまくいった大きな理由は広島が挟めないことというのは共通。小林であれば荒木に当たり負けはするが、ダミアンであれば当たり負けはしない。よって川崎はロングボールという逃げ場を作ることができるようになった。ダミアンのポスト、そして家長の降りるアクションなどで徐々に保持におけるキープができるように。左右に振ることができるようになった川崎は越道のマークがゆるくなってきた左サイドを軸に前進をしていくようになる。

 前進が少しずつできるようになった川崎は左サイドから集中的に攻撃をするように。家長は明確に左サイドへの出張にフォーカスしていたし、大島と脇坂が揃って左サイドに顔を出すこともあった。ナロースペースでの崩しとなったが、抜け出す選手をきっちり作っていたのと、広島が5-4-1の陣形をそこまで崩さずに対応したことで数的優位を確保できたことでシュートまで持っていく機会を作れるように。

 同サイド縛りという傾向だけで言えば横浜FC戦と似た展開ではあるが、割り切って攻め切るということをやり切ったという意味ではこの日の川崎の密集攻撃の収支はややプラスに傾いたといっていいだろう。

ポスト&抜け出しのコンボで川崎のDF陣を翻弄

 広島のボール保持に対して、川崎は3トップが素直にプレスにいく。普通に噛み合わせれば広島はWBが逃げ場になる。川崎はこのWBへのケアがいまいち決まらないままプレスを起動していたので、高い位置からボールを奪うことは機能しなかった。

 サイドでボールを持った後は斜めのパスで中央付近でポストプレーを絡めながら逆サイドに展開する。川崎の守備が手薄なサイドにボールを送った後は裏を取るアクションを頻発しながら、川崎のラインの背後を取っていく。

 裏を取るアクションで主役となったのは代表活動を控える川村。中盤起用ということで飛び出しのアクションへの対応はやや川崎は遅れ気味。左サイドのハーフスペースを再三に渡って抜けてきたため、川崎は大南が最後の最後で対応する場面が増えるように。そのため、折り返しでのクロスまで持っていくことができれば広島はそれなりにスペースがある状態でシュートチャンスを迎えることができた。

 川村を主役とした左右のサイドの背後への飛び出しは川崎を苦しめることになる。さらにこれにヴィエイラの引くアクションを重ねれば川崎のバックラインはズタズタになる。37分にはエゼキエウが適切な選択さえできればゴール!という決定機が訪れる。川崎は車屋(エゼキエウの動き直しについていけず)と大南(ヴィエイラについていく)が2人とも留守になり、山根がゴール前で一人で体を張ることになっていた。エゼキエウのパスがずれたことに救われた格好だ。

 このシーンに限らず、ヴィエイラは右サイドに流れて比較的空中戦で優位を取れそうな箇所を狙っていた。ポストと抜け出しとのアクションを絡めた非常に見事な設計だったと言えるだろう。

 だが、チャンスメイクは脅威ではあるが、エリア内での決め手は欠いてしまうというのは広島の難点でもある。広島のシュート数はリーグトップにも関わらず、得点が伸び悩む(それでもリーグ上位だが)というスタッツのいい面も悪い面も見える広島の攻撃だった。

 川崎は大南など自陣での不安定なパスミスなどからポゼッションからチャンスを掴みきれない状況が続く。プレス回避の解決策に目処が立ちそうな川崎だったが、前半の終盤に広島が盛り返す形で試合はハーフタイムを迎えることに。

4-2-3-1シフトによって変化するバランス

 ハーフタイムでのメンバー交代はなかった両チーム。しかしながら、後半の立ち上がりには川崎にはいくつかのマイナーチェンジが見られた。まず、前半ではサイドを狙っていた上福元のフィードのターゲットがダミアンだったこと。そして、家長が出張を封じて右サイドに張り直していたことである。

 立ち上がり、ダミアンへのロングボールからチャンスを作りかける川崎だったが、広島はすぐさま反撃。左サイドを軸とした抜け出しからより得点に近い決定機を作ることに成功する。

 ここからペースを握りたい広島だが、川崎の守備面でのマイナーチェンジがそれを阻む。後半の川崎は脇坂が前に出る4-4-2型に。前半の4-3-3型とは少し異なるバランスになっていた。

 想像ではあるが、これはおそらく大島を低い位置に置きたいという鬼木監督の意識だろう。「できるだけ少ない人数で前まで持ってきてほしかったですが、なかなかそこが上手に運べなかったので、途中から彼を一つ下げたような形にしました」という試合後の鬼木監督のコメントからは大島の配置変更はビルドアップを優先とした考え方が濃いが、ピッチの現象的には4-4-2型への変化は主に守備面で良い影響を与えていたように思う。

 具体的にはハーフスペースへの抜け出しへの対応を行う人物が変わったことである。前半は川村を軸とした広島の左サイドの抜け出しに大南がついていくケースが強かった川崎だが、4-4-2型に変えたことで川崎はCHがついていくように。コメントでは体力のなさを危惧していた大島だったが、ハーフスペースを埋める動きではあまり後手を取るシーンはなかった。

 CBがハーフスペースの抜け出しに対して出ていく動きをしなくて済むようになったおかげで川崎はエリア内でのクロス対応が安定するように。前半よりも押し込まれる時間帯もあったが、エリア内の跳ね返しが安定していたのはハーフスペースの抜け出し対応の仕方を変えたからだろう。

 広島はCHを外に吊り出すことができた分、バイタルを活用することができれば良かったが、そうしたスペースの空いているところ探しのような部分はあまり得意ではない様子。サイドから愚直にクロスを上げては跳ね返されるシーンが続くことになる。

 しかしながら、これで川崎の課題が万事解決したわけではない。「より攻撃はしづらいというか、(宮代)大聖とかが遠くなってしまったので、そこに出て行く体力が僕にはないので、っていうところが申し訳ないなと思いながらやってましたけど」と大島のコメントにあるように、4-4-2型の問題点は攻撃に人数を割きにくいことである。特に前半のように数的優位を活用した密集で攻略を探るやり方ではこうした陣形変更は悪い方に傾きやすい。人が少なくなる分、前に残る選手たちの負担は大きくなる。

 川崎はこの問題点をワンチャンスで解決する。いうまでもなく先制ゴールのシーンである。脇坂のダブルタッチから家長→ダミアンと右サイドの背後を取ると、仕上げに絡んだのは再び脇坂。2人のベテランの手を借りて、大島の位置が下がった分組み立てとフィニッシュの両面を脇坂が仕上げてみせた。

 人数の少ない攻撃が成功した理由はボールの奪い方である。ボールを奪ったのは大島。タッチが大きくなった東のドリブルに一気に詰めてのカットだった。

 プレビューでも触れたのだが、このカットは広島相手にカウンターを発動するのに最も理想的な形だといっていい。広島はハーフスペースの裏抜けが大外にボールがある時の約束事になっている。このシーンではCHの川村がその役割。その状況で横ドリブルをカットすると中盤は野津田1枚がカウンター時の広大なスペースをカバーしなくてはいけなくなる。

 川村が高い位置に出て行った際にバイタルでこうした奪い方をされてしまうと、広島は被カウンターでの脆弱性が顕になる。低い位置でボールを受けた脇坂はサポートなしで前を向く必要があった。仮に川村が元のポジションにいれば野津田と挟み込みながら簡単に脇坂を潰すことができたはずだ。

 つまり、脇坂が広いスペースで野津田をターンで交わすことができたのは、ボールの奪い方が理想的だったから。「前に出ていく体力はない」大島が守備で脇坂に可能性を繋いだことで生まれたカウンターだったといって良いだろう。この日の大島の守備の粘り強さが得点につながったということも含めて、素晴らしいゴールだった。

 追いかけなくてはいけない広島は2トップにシフト。エリア内の空中戦を強化する。しかしながら左右のワイドでの解決策はなかなか見つからない。左サイドでの抜け出しが通用しなかったことで、右サイドにも活路を見出そうとする。だが、右WBに交代で入った茶島は大外でなんとかできるタイプではない。この日は登里の対人守備が非常に好調だったことや、茶島に横にドリブルする選択肢がなかったこと、エゼキエウのサポートが少なかったことなどからチャンスを作ることができなかった。

 押し込むことはできるが、チャンスが作れない状況が続く広島。川崎は上福元のフィードから家長がチャンスを迎えるなど、カウンターから反撃を狙っていく。

 80分になると川崎は両SHを遠野と瀬川に代えたことでさらに自陣でのサイドの守備を固める。ファーサイドのクロスにギリギリのところで対応する瀬川は見事に投入の意図に応えたといって良いだろう。

 ボール保持においても瀬川はファウル奪取で存在感を示す。89分に足を攣って交代するまではボール保持における大島の存在も広島の攻撃を抑制するために貢献することができていた。

 長い8分の追加タイムを5バックへの移行で凌ぎ切った川崎。2戦連続のホームでのクリーンシートを達成し、上位の広島から勝ち点3を奪い取った。

あとがき

 本文中でも触れたが、広島は抜け出しを活用したチャンスメイクはJでは屈指。だが、フィニッシュワークに繋げるところが同じ水準まで引き上がらないことにジレンマを抱えているように見えた。予習した試合を含めて考えるとトランジッションからのロングカウンターを絡めた走力で差をつけることでそのジレンマを覆い隠している印象である。

 この試合では特にエゼキエウが前半のチャンスを活かしきれなかったこと。そして後半は川崎にリードを許したことで彼らが前に出て来なかったため、トランジッションの強みを生かせる状況自体が減ったためにこのジレンマを覆い隠すことができなかった展開となった。一つチャンスを沈めていれば、試合は全く異なる顔を見せていたはずである。

 逆に川崎はしたたかな試合運びが目立った。ポイントは4-2-3-1によるサイド守備+クロス対応の手当て、攻撃時の人数不足という新たに出てくる課題をワンチャンスで潰したこと。バースデーゴールを決めた脇坂がこの日の主役であることはいうまでもないが、サイド守備での奮闘と前線の攻撃の人数不足を素晴らしい形のインターセプトで補った大島は影の勝利の立役者である。

 今の大島にはキングと称された時代ほどの支配力はない。それでもやるべきことに取り組めば、勝利につながる働きを見せることはできる。瀬古や橘田には今日の大島の背中から学ぶべきものがたくさんあったことだろう。

試合結果

2023.6.11
J1 第17節
川崎フロンターレ 1-0 サンフレッチェ広島
等々力陸上競技場
【得点者】
川崎:56′ 脇坂泰斗
主審:谷本涼

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