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レビュー
ロングボールの仕組みと左サイドにおける宮代の意義
7月は勝てなかった相手へのお礼参りが続く川崎。敵地で名古屋のリベンジには失敗し、ホームでの横浜FC戦はさらに負けられない戦いになった感がある。
川崎はメンバーのマイナーチェンジを実施。山田をスタメンに抜擢し、宮代をサイドにシフト。中盤では大島に代わり瀬古が入った。そして、2試合連続失点に絡んだ上福元をベンチに置き、ゴールマウスにはソンリョンが君臨する形となった。
序盤のペースを掴んだのは横浜FCの方だろうか。シミッチを監視するヒアンを軸にボールを片側サイドに追い込みながら一気にプレスのスイッチを入れていく。川崎はボールを左右に散らすことができず、サイドから縦に進もうとするが横浜FCの網に引っかかる。
カウンターから手早く敵陣に入り込んだ横浜FCは序盤から攻撃の機会を掴む。特にセットプレーは1つ目のシーンが決まってもおかしくない状況だった。
川崎の突破口になったのは前進のメカニズムである。CFの山田が裏の動きを使いながら相手のDFラインを押し下げて、その間にWGが入ってボールを受ける。この日の川崎はボール保持時は4-4-2、非保持時は4-3-3でスタート。横浜FCの前線がプレスに熱心でなかったことを考えると、瀬古は高い位置をとってもいいかな?と思ったが、あえて低い位置に留まらせることでCHを手前に引き寄せる意義があったのだろう。
ロングボールの成功を左右するファクターの1つは相手のDFとMFに挟まれるかどうかというのがある。瀬古を低い位置においた狙いの1つはここにあると言えるだろう。
ただし、WGがインサイドに絞る分、布陣の左右のバランスは悪くはなるというデメリットはある。そこはおそらくきっちりとボールを収めることでポジションを取り直す時間稼げばOKという考え方なのだろう。
しかしながらそれに失敗すればカウンターの対応は危うい。6分に食らった小川の決定機はまさにロングボールからリポジの時間を稼げなかった失敗例。パスを繋いで味方が上がる過程でミスが出てしまった。
この場面で瀬古が即時奪回のために前に出て行ったことは議論の余地がありそうだ。高い位置を取り直す時間が取れないということは、カウンターを受ける時に瀬古のスタート位置は低くなる。そうなれば、この場面のように潰しに出ていった形が失敗する可能性は上がるだろう。
瀬古の即時奪回が失敗すればカウンターの傷口はさらに広がることになる。車屋と高井のように出ていく判断が危うい選手たちがシミッチの脇を固めなければいけない構図は厳しい。
ロングボール自体の成功率は低くはなかったが、その先の道筋を作れるかどうかは川崎にとっては非常に難しいところ。特にボールサイドによる動きをしがちな家長が中央に入る形が増えることにより、右サイドでの3人の関係性を使った崩しは減ってしまうこととなった。
その分、やり切ることを求められるのは左サイド。やや、オーバーロード気味になった人数が単純に多かったのも大きかったが、動き直しが多かったのは大きかっただろう。特に左のWGの宮代は一度幅を取ってから内側に入る意識が強かったので、相手が5バックにも関わらず左の大外で登里がボールをフリーで受けられるケースが多かった。
この辺りはフリーランで相手の動かす意識が高い宮代ならではだろう。遠野と同じく宮代はインサイドでのプレーの方が得意だとは思うが、初めからインサイドに立っているのと、外からインサイドに入ってくるのとは同じようで全然違う。この動きをサボらない宮代は大外の選手の解放に役立っている。
得点シーンの登里がフリーだったのも、大外にいた家長がインサイドにポジションを取り直すのに相手が釣られることを利用した形だった。正対した状態から突破する馬力があるかどうかは怪しいが、フリーであれば、このくらいのキックは蹴れるのが登里。
そして、インサイドでクロスの動きにアクセントをつけた山田のフィニッシュも見事。川崎は左サイドでやり切るというミッションに成功し、先制点を手にした。
先制点は川崎に影響を与える
先制したことで試合は川崎側のペースに流れるようになった。先制点はむしろ横浜FCよりも川崎の戦い方に変化を及ぼしたと言えるだろう。バックラインからプレスを回避しつつ、左右の大外に起点を作る形に変化。家長や宮代はワイドに立つことが増えた。
もちろん、これは横浜FCがプレスをかけてこないという前提。プレスがかかれば、後方のソンリョンから山田で引き伸ばしたスペースに家長と宮代で入ってくるロングボール活用術を使い、相手のプレッシャーをいなしていた。
いずれにしても左右にボールを早い段階で散らす方針は川崎が敵陣深い位置できっちりとボールを持つ流れを誘発。これにより、危険なカウンターでの可能性をだいぶ下げることができていた。
なかなか人数を押し上げることができない横浜FC。左サイドに流れるヒアンへのロングボールが生命線となる。徹底マークしているシミッチを超えることができればチャンスがありそうではあったが、高井がなんとか粘って対応し、チャンスを未然に防ぐように。
試行回数が増えた川崎は左サイドからやり直しを繰り返して2点目をゲット。左サイドから抜け出した宮代がPKを獲得し、自ら決めてさらに点差は広がることに。
山根永遠が与えたPKはかなり微妙なものではあったが、完全に抜け出す形を作ることでこうしたギリギリの状況に対応しなければいけないということだろう。大外とハーフスペースを行き来することができた宮代が左サイドに入ることで、確実に同サイドを崩し切るという部分は向上したと言えるだろう。
ふわふわした入りとなったが、先制点を手にしたことで押し下げられることに注力した川崎が試合を掌握。2点というセーフティリードを手にしてハーフタイムを迎える。
クリーンシートも課題を残す後半に
追いかける横浜FCのポゼッションからスタートした後半。左サイドを軸に川崎の奥をとるように動いていく。しかしながら、シュートにたどり着けるのはカウンターに専念した川崎の方。同サイドに追い込むプレッシングに関しては非常にこの日の川崎は優秀。瀬古とシミッチがそれぞれ左右のサイドにスライドし、きっちりと蓋をし続けた。
逆に横浜FCは同サイドに相手を引き寄せてからの脱出に苦労していた。プレビューでも触れたが、横浜FCが低い位置からのポゼッションがうまくいくときはサイドからズレを作れる時。その方法の一つは相手のMFをサイドに引き寄せつつ、逆サイドに横断するやり方である。
ニッパツではこの方法がことごとくハマり、川崎を左右に振り回した横浜FC。しかしながら、この日はそれができず、川崎にカウンターで逆襲を喰らうことになる。
60分になると横浜FCはメンバー交代とともに方針変更。自陣でのパス交換の頻度を増やしてよりショートパスに特化したズレを作るトライを行う。おそらく、CFへのロングボールや一気に裏をとる形での手応えはあまりないということだろう。
川崎はこれに対して強気のプレッシングで重心を前にいく形で対抗する。この局面で輝いていたのは瀬古である。低い位置まで降りていく井上にプレスに出ていくことで、横浜FCのパスコースを先回りして潰していた。
横浜FCのパスワークはやや単調。幅を使う意識はいいのだが、縦に差し込んでくる怖さがないことやCHが低い位置まで下がってしまい、中盤にポイントがなくなってしまうことで、ショートパスの行き先が見えやすい。
その例となるのは67:30のシーン。左サイドでボールを持ったモラエスは一見広いスペースで自由に配球ができるように思えるが、実質的な選択肢は山根永遠一択。右サイドから左サイドに展開する過程でララと井上の2枚を低い位置で使っているため、中央にはシミッチにマークされている山下しかいない状況だった。この場面ではボールを奪った直後であり、ポジションが整っていなかったという言い訳はできるが、この配置であれば距離がある状況でも躊躇なく山根視来は山根永遠に詰めることができる。
ハイプレスで徐々に引っ掛けるケースが増えてきた川崎。後半も順調に横浜FCの繰り出す手を制することで主導権を握っていたと言えるだろう。もっとも、横浜FCにパワーバランスをひっくり返す可能性がなかったわけではない。狙い目になったのは山根視来の背後。先に紹介した67:30の直後のシーンでは山根永遠が山根視来の裏を取る形で高井を引っ張り出している。
最終的には車屋のファウルとなったが、出て行ったのであれば、この場面は高井が潰したかったところ。ポジションの駆け引きで後手を踏んだ山根視来とその裏のカバーで物足りなさを露呈したこのサイドでのマッチアップが横浜FCの終盤の希望だった。
大南を投入した5バックへの移行はやや後手に回っていた右サイドのケアに重きを置いたものだろう。中盤の人数を削った分、川崎のプレスの重心は低下する。しかしながら、2点リードで終盤を迎えたことを踏まえれば、まずは出口を塞ぐというのは理にはかなっている。
川崎にとって誤算だったのは5バックにしたことでチャレンジに出ていく頻度が増えた高井が入れ替わられるケースがやたらと多かったこと。5バックに出ていったから致命傷にはならなかったもの、出ていく際の対応には不安が残る結果に。85分手前にソンリョンを激怒させたコーナー対応を含めて、クリーンシートに終わったものの守備の反省が多い試合になってしまったことは確かだろう。
そうした中で3点目は前を向くことができるゴールだった。シミッチのプレスをきっかけにこぼれ球を拾った橘田から瀬川への縦パスがきっかけで生まれたゴール。アタッキングサードでの精度不足に苦しんでいた橘田と瀬川にとっては嬉しい得点だろう。特に橘田にはこれを浮上のきっかけにして欲しいところ。この試合でいいパフォーマンスを見せた瀬古共々、中盤の質向上は必須課題だけに復活は至上命題だ。
あとがき
先制点を奪うまでの試合運びまでの不安定さや、後半に横浜FCに攻め筋を与えるなどスコアほどの完勝ではなかったことは心に留めておく必要があるだろう。この試合の出来に比べると3-0という結果は上振れのように思う。
ただ、今年に入ってからは完璧な勝利というのはほぼない状態なので、こうした不安定な状態でもものにし続けていくしかない。ここから続く横浜FMや神戸といった相手に対して、川崎が一方的に主導権を握ってボコボコに完勝することはほぼあり得ない。そういう意味ではどちらに転がるかわからない今日のような展開でも先制点を利用して展開を引き寄せるしかない。
そのためには我慢を続けたいところ。浦和戦のような退場や、名古屋戦のような先制点の献上でタイトな展開で自ら相手に主導権を差し出すような真似を締め出して、ようやく勝ち負けになる相手と向き合うことができる。
優勝争いについて口にすることも大事ではあるが、実際に優勝争いにふさわしい戦いを見せることのほうが何倍も重要だと個人的には思う。まずは簡単には勝ち点をあげることをしない相手であると上位チームに知らしめること。まずはここが今の川崎に求めたいライン。名古屋にできなかったことをここからの2連戦でできるかどうかである。
「自分たちはまだ優勝を諦めていない」という言葉はもうたっぷり聞いた。その言葉にふさわしいチームであるかをピッチで証明するために重要な2週間になる。
試合結果
2023.7.8
J1 第20節
川崎フロンターレ 3-0 横浜FC
等々力陸上競技場
【得点者】
川崎:13′ 山田新, 36′(PK) 宮代大聖, 88′ 瀬川祐輔
主審:松尾一