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「『均衡』を引き寄せる堂安の左足」~2022.12.1 FIFA World Cup 2022 Group E 第3節 日本×スペイン マッチレビュー~

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目次

レビュー

■前線の守備の優先事項は?

 他会場の結果を当てにしない!という前提に立てば日本に残されたのは勝利の道のみ。厳しい条件で迎えたスペイン戦は当然のようにスペインの保持が中心の状況で進んでいく。

 日本の5-4-1はミドルゾーンでスペインのポゼッションに対して構える。まず、スペインのボール保持に対しての日本のプレスのスタンスはCBはとにかく放置すること。パウ・トーレスとロドリのCBにはある程度持たせても仕方がないという方針だった。

 その代わり、日本が大事にしたことはブスケッツ、ガビ、ペドリの3枚を幽閉すること。前田はブスケッツが前を向けないようにすることを優先していたし、久保や鎌田がスペインのDFラインにチェックに行くのは日本の中盤がスペインの中盤を管理できていると確信できてからである。

 よって、久保と鎌田という両シャドーにとっても優先順位はインサイドを閉じることである。そうした日本のプレスの方針もあり、スペインはCBだけでなくSBもボールを楽に持つことができていた。

 スペインからすると、保持でサイドを変えることも無限にパスを回すこともできる状態。ただし、中盤を封じられているのでボールを前に進めるためには工夫が必要である。

 というわけで動き出すのはスペインのIH。ボールサイドのIH(下図のペドリ)は降りる動きで対面の日本のCH(田中)にどこまでついて来れるかを試す。逆サイドのIH(ガビ)は日本のボールサイドと逆のCH(守田)の脇に構え、スペインのCB(パウ・トーレス)からの対角のパスを待ち受ける。

 パウ・トーレスはこうしたバックラインからの配球にはうってつけのCB。バリうまCBである。同サイドと対角を使い分けることができる足元を有している。日本が苦戦したのはどちらかといえばガビに向けた対角パスの方。ガビは谷口に捕まらないようにポジションを探るし、谷口は潰せるタイミングであれば前に出ていって迎撃する。ガビが谷口との距離感を測るのに成功し、フリーで前を向くことができれば日本は撤退を余儀なくされ、スペインはアタッキングサードに入り込む。

 日本からすれば同サイドのパスを防ぎにペドリをケアしていたところに、ガビまでのパスを通された格好。スペインはこうした守備側の狙いを外すためのポゼッションを仕込むのが抜群にうまい。ズレを作り出すための主役がペドリとガビである。それだけでなく、スペインは前線からモラタとオルモも降りるチャンスを狙いながらボールを受けにくる。これも守備側の狙いを外すための「バグ」の一種である。

 同サイドのCHをケアすればOK!というスタンスが通用しなくなりつつある日本はだんだんと自陣に押し込まれるようになる。アタッキングサードにおいてはサイドのトライアングルで大外を基準にハーフスペースの抜け出しと、マイナス方向のサポートを用意するのが十八番。誰がどこを使うかが決まっていれば守る側も対応が楽なのだが、これを大外とサポート役を入れ替えながらできるのがスペインの強みである。

 その上で、この日はオルモの外を回るバルデのフリーでの突破や、ウィリアムズの1on1での仕掛けなど、選手の個性による上乗せ要素がある。スペインのベースとそれに上乗せした部分に日本は自陣で耐えなければならない。

 そういう意味では右サイドのマイナス方向から上げられたクロスからの失点は頭を抱えたくなるものだった。モラタの巧みな動き出しに板倉と吉田が翻弄されたのは確かだが、ここは同数であればきっちりと防ぎたいところ。個性というよりもベースで簡単に破壊されてしまった印象だ。日本はスペインのジャブでリードを許す先制点を与えてしまった。

■痺れを切らしたプレス隊が前進のきっかけに

 リードをスペインが奪ったことで状況は変わる。ただし、変わったのは盤面というよりは両チームの思惑である。この日の日本のプランはスペインがサイドを変えたり、あるいはボールをただ回すことは許容するものである。しかし、このプランが成立するにはスペインが前に進もうと縦にパスを通すというチャレンジが前提が必要になる。縦にボールを入れる必要がなければ、スペインはいつまでだってボールを回すことができてしまい、日本がボールを奪うきっかけがないからだ。

 日本がボールを回すことを許容していたという構図は立ち上がりと変わらない。けども、先制点によってスペインがゴールに向かう優先度を下げるようになったことで、日本はボールの取り所をさらに見つけにくくなる。

 加えて、ボールを奪った日本は保持で起点を作るのに苦労する。スペインのプレスは即時奪回を施行して、前線からボールを奪い返しにくる。スペインの即時奪回が他のチームと少し違うのは、他のチームがショートカウンターに向かう事という得点に向かえることを意識してプレスを行うのに比べて、スペインはボール保持を取り戻せることを意識してプレスを行うことである。

 たとえ、取り戻す位置が低くなったとしても、またボールをつなぐことができれば自動的にボールとともに敵陣にもう一度迫り直すことができる。ゴールに直線的に向かう優先度は低いため、前線が前に残った状況にこだわる必要がない。よって、スペインの即時奪回は縦パスを捕まえた選手と前から戻った選手でサンドするケースが多い。

 自分がフットサルをやる際に「戻ってから休め」という声をボールロスト時に仲間にかけられることがある。スペインのプレスのイメージは「奪ってから休め」というニュアンスに強い。多くのチームがプライオリティを置いている奪った後に直線的にゴールに迫るという要素があまり含まれておらず、奪った後はまた整えるフェーズに入るのだ。

 スペインのスタメンの中でこの規律を維持するという点で怪しかったのは右WGのウィリアムズ。プレスバックをサボったり、挟めるところでマークを受け渡す対応をしたせいで日本からボールを取りきれないシーンがあった。鎌田がボールをキープできたり、長友が吉田からのロブパスを受けて前進できたのも、ウィリアムズの背後を狙い目とすることが多かったからだ。

 逆サイドは鬼だった。オルモのプレスバックは容赦無く、中央に逃げようとしたらモラタも挟みに戻ってくる。実質バルデの背後に一か八かの裏抜けを挑む形でしか勝負することができなかった。

 左サイドからきっかけは掴んだといえ、十分な前進の機会を掴むのにはままならない日本。スペインのボール保持の時間が大半を占める状態を変えることができない。このままでは無条件敗退。スペインはゴールに向かうチャレンジをしない。膠着状態が日本を焦らせていたのは想像に難くない。となると、動き出すのはプレス隊である。

 痺れを切らした感があったのは鎌田。トーレス→ロドリというスペインの横パスに対して、チェックに出ていくようになった。

 しかし、日本は鎌田の前からのプレスにいく!というプランを共有しきれていなかった。そもそも日本の立ち上がりのプランはスペインのDFラインは放置するという、後方に重心を置いたもの。そこから鎌田1人がプレスに行くだけでは後方に穴を開けるだけになってしまう。

 鎌田が前に出たことで、スペースを享受したのはアスピリクエタ。鎌田がケアしきれない場所からドリブルで前にボールを運べるようになる。スペインは日本が無理をしてきたルートから前進をしていく。

 右サイドでは田中碧が鎌田と同様にプレスに行くかどうかを思案していた。こちらのサイドでは久保、伊東、板倉が後方の受け手をケアしながらプレスに行けていたので、スペインのボールを下げさせることに成功することもあった。

 33分はその成功例の最たるものだろう。右サイドから田中がプレスに行くのを合図に、前田がウナイ・シモンまでプレスに行くことができる。ウナイ・シモンはプレッシャーを受けながらボールを捌くことがそこまでうまくなく、ポゼッションのミスからピンチを迎えることも少なくないGK。

 前田がシモンにプレスをかける!というシーンを作り出すまでには苦労していた日本だったが、この形を作ることができればプレスの手ごたえはある。33分のシーンではすんでのところでシモンにボールをつなぐことを許してしまう。なお、シモンからボールを受けたのは例によって鎌田の背後でフリーになるアスピリクエタであった。

 このように、プレスで前に出ていく際にはラインアップしながらの後方の迎撃が重要になる。日本は右サイドの田中碧を中心に部分的に前から捕まえに行くプランを採用するのだが、早い段階で迎撃部隊である板倉が警告を受けたのは痛恨だった。

 板倉を皮切りに谷口、吉田とCBが連続で警告を受けてしまった日本。試合を動かすためのプレッシングのプランにおいて重要な迎撃部隊に警告という足枷がついてしまったのは大きな痛手だ。前半を1-0で折り返したことは悪くはないが、追い上げに必要なプランに暗雲が立ち込めたことがなんとも不気味な前半だった。

■堂安のゴールがスペインに変化を迫る

 後半、日本は三笘と堂安を投入。それぞれ長友と久保のポジションにそのまま入る形である。

 おそらくはプレッシングを強化し、きっちりと相手を捕まえにいく!というプラン変更なのだとは思う。堂安の得点シーンは先に取り上げた33分のシーンのように、前田がシモンにフォーカスしたプレッシングを仕掛けることができていた場面だった。

 同点ゴールの場面で明確に変わったのは交代選手2人のポジションの振る舞いだ。前方のプレスには消極的だった久保に代わった堂安は左のCBのパウ・トーレスにチェックをかけていた。左WBの三笘もSBをチェックしに前に出てくる。前半の日本の泣きどころになっていた鎌田の背後のスペースに三笘がチェックに入る。

 両サイドでプレスの後方支援が入った日本。前半のようにシモンはSBを逃げどころにすることができない。右に出してもボールは返ってくるし、左に繋いだら伊東が迎撃する。

 前半は奪い取れなかったシモンへのプレスを成功させた日本は、ボールを奪うと堂安が左足を一閃。シモンのニアを抜き同点としてみせた。

 混乱に陥るスペインをよそに日本は畳み掛ける。右サイドの伊東へのフィードをキーに、田中の手助けを借りた堂安が右サイドでバルデと正対。同点ゴールのシーンがよぎったのか同サイドのCBのパウ・トーレスは堂安のカットインを警戒する場所に立ち位置をとっていた。

 スペインのバックラインはパウ・トーレスが堂安に引っ張られる分、立ち位置が左寄りになる。そうなるとファーサイドでWBの三笘が余ることになる。いわゆる大外→大外。カットインではなく縦に切り込んだ堂安がファーの三笘にボールを送ると、三笘はエンドラインギリギリでこれを折り返し田中碧が押し込んでみせた。日本は後半5分余りで一気にスコアを逆転する。

 選手交代で逆転した日本だったが、彼らの後半頭のプラン変更はやや読み取りにくい。というのは早々に堂安が得点という形で結果を出したからである。前田がシモンにプレスをかけられた際の約束事は前半よりも整理されたように思うが、そもそもどこまでリスクを承知で前から追い回すのか?とかどれくらいの頻度でリスクをかけるのか?についてはわからないまま。堂安の左足によって封印された疑問と言えるだろう。

 逆転したことで日本はすぐさまプレスを控えるようになる。つまり、サイドチェンジはご自由に!スペインは無限にボールを持てます!という前半の時間帯の焼き直しが始まることになる。前半のこの構図は日本に焦りをもたらされるものだったが、後半はリードされたスペインが積極的に動かなければいけない状態になる。

 しかも、スペインは前半に保持のバグとして機能していたガビとペドリの運動量が低下。バグを仕込めなくなったスペインは外を迂回する単調なボールの動かし方になってしまう。

 そうしたときに解決策となりうるのは大外に1枚剥がせるWGがいるかどうかである。つまり、スペインに三笘薫はいるか?という話だ。だが、スペインはどの選手も均質的に保持におけるタスクをこなすことができる代わりに、大外で待ち構える卓越した個がやや不足している嫌いがある。

 この試合でその役割を任されたのは左WGに入ったアンス・ファティ。しかし、同じタイミングで入った冨安が彼を完封。逆サイドにおいてはフェラン・トーレスを三笘が抑え続けるという時空の歪みのような光景で、日本がスペインの両翼を抑え続けた。

 スペインの希望の光となったのは中盤に回されたダニ・オルモと交代で入ったアセンシオ。運動量が落ちたガビに代わり、中盤に入ったダニ・オルモはスペインの新しいバグである。CFをベースとしながらも右サイドやや低めでプレーするアセンシオとともに、日本の左サイドを攻め立てる。

 アセンシオは右45度からミドルを狙っていくが、東京五輪でアセンシオワクチンを接種済みの三笘は体を投げ出してこれを防いでいた。ワクチン未接種+そもそもくたくたで動けない伊東がマークについた時は、アセンシオにミドルを許してしまうが、ここは吉田麻也のスーパークリアで事なきを得る。

 最終バグであるダニ・オルモの抜け出しには権田が飛び出してキャッチングという100点の対応に成功。日本を最後まで苦しめたアセンシオ&オルモのコンビをシャットアウトする。

 長すぎる7分の追加タイムをしのぎ切った日本。2強2弱と目されたグループEを首位で通過する金星をあげて2大会連続のグループステージ突破となった。

あとがき

■ゴールに『向かわない』か『向かえない』か

 まず、川崎ファンとして触れておきたいのは谷口彰悟がこの試合を90分やり切ったこと。等々力でニアでクロスを跳ね返していた日常がW杯でスペインを倒す金星に繋がっているのだから、サッカーは陸続きなのだなと思う。あの等々力が世界と繋がっているという感覚を多くの選手にもたらした谷口の功績はこれからの川崎にとっては計り知れない価値となるだろう。

 この試合のポイントは「スペインがボールを持てるけど、ゴールに向かわない」というこの試合の大半を占めた時間がどちらに有利だったかである。先制点を奪ったことでスペインが選択的に「無理してゴールに向かわない」という状況を選ぶことができた。

 ところが後半は日本がリードを奪ったことでスペインが「ゴールに向かいたいが向かえずに苦しむ」という時間を過ごすことになる。戦況自体は変わっていない。いずれにしてもスペインはボールを持つし、日本はボールを持たれる。だが、どちらがリードしているかによってこの状況を美味しいと思えるチームは異なる。どちらのチームにとっても、スペインがボールを握るというこの試合の『均衡』を自分たちに有利な状況に持ってくるのに苦しんだ試合と言えるだろう。

 モラタのゴール以降、『均衡』を自軍に引き寄せる仕事を両チームで唯一達成したのは堂安律である。スペインがボールを持ち、日本がそれを撤退守備で凌ぐというこの試合で最も長かった時間帯を左足一振りで自分たちに有利な状況に引き寄せたというのはこの上ない大仕事である。

 決勝ゴールを得て、攻守に汗かき役をした田中碧がMOMに相応しい働きをしたのも確かだ。全くもって異論はないし、川崎ファンとしても嬉しい。だが、堂安もまた彼にしかできない貴重な仕事を果たした勝利の立役者であることに疑いの余地はないだろう。

試合結果
2022.12.1
FIFA World Cup QATAR 2022
Group E 第3節
日本 2-1 スペイン
ハリファ・インターナショナル・スタジアム
【得点者】
JAP:48′ 堂安律, 51′ 田中碧
ESP:11′ モラタ
主審:ビクトール・ゴメス

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