プレビュー記事
レビュー
プレスを撃退し主導権を奪い返す
ここまでアルテタが監督としてプレミアでの対戦経験のある相手はのべ24クラブ。その中でリーグで倒してきた相手は23クラブ。唯一勝てていない24クラブ目は就任以降リーグ戦の全ての試合で敗れているマンチェスター・シティである。
そうしたチームが相手だからだろう。アーセナルのビルドアップはいつもよりも人数をかける慎重なものだった。後方のベースの形はこれまでの3-2型から4-2型へと変化。人選の関係もあるだろうがいつもであればあまりビルドアップに関与しないIHのライスが積極的にビルドアップに参加する。
配置の部分でもっとも目に見える変化はジンチェンコ。3-2型であればインサイドに絞ってアンカーの隣に立つポジションがベースになっていたジンチェンコだが、この試合では開いて高い位置をとることが多く、いわゆる通常のSBの立ち位置を取ることが多かった。彼がインサイドに絞るときは代わりにIHのライスが外に流れてSBの立ち位置をとる。今まではガブリエウに任せっきりだった左の大外の後方支援の構造を変化させる。
この変化で恩恵を受けたのはトロサール。積極的なプレスの姿勢を見せるアルバレスがガブリエウにチェックをかけると高い位置をとるジンチェンコを監視するのはウォーカーの役割となる。そうなると、トロサールのマーカーは曖昧に。IH起用時は相手に捕まることが多い降りるアクションもこの日はフリーでできるように。
いつもであればロストの温床になりがちなトロサールの動きもこの日はボールの預けどころに。彼自身が左の大外で孤立するケースも防がれており、トロサールの活かし方としては面白かった。
アーセナルはこのトロサールのように前線にボールの預けどころを準備できるかどうかがポイント。特にアンカーのベルナルドの両脇にトロサールかウーデゴールがベルナルドを外すように受けられれば理想という感じである。
だが、この理想の実現のためにはそもそもアーセナルはバックラインがプレスを引きつける必要がある。特にシティの右サイド側はプレッシングに意欲的。プレスのスイッチ役となるのはリコ・ルイスとアルバレスが務めることが多く、彼らがガブリエウやラヤの方向を制限する形で追い込むことができれば、シティは連鎖的にプレスを行い、あっという間にアーセナルのパスの出し先を潰すことができる。
サカが不在のアーセナルにはシティのDF相手に背負った状態で受けて時間を作れる選手はいない。アーセナルが預けどころに設定していたのはジェズスだったが、前半はグバルディオルの潰しが効いており起点として機能せず。アーセナルはロングボールがポゼッションを捨てるだけになっており、その結果パスを出す判断が遅れるバックラインが危ういロストやパスミスをする場面もちらほらという悪循環の予兆が見えた。
プレスの成功から押し込んできたシティが初めのチャンスを逃したのはアーセナルにとっては幸運。時間の経過とともにアーセナルはプレスを外す解決策が徐々に見えてくるように。例えばプレスのスイッチが入る前に右に開くサリバを使えば、ハーランドは右サイドに追いやられる。右サイドでのパス交換はシティに対してワンテンポ早かったため、何本かパスを繋いでからラヤに戻せば彼にかかる圧力は低くなり、無理のない配球が可能になる。
ジョルジーニョが最終ラインに落ちるような形で後方で受ける頻度を増やしたのもポイント。チェックする箇所が多くなった分、ルイスやアルバレスがプレスのスイッチを入れる機会が減るように。早い時間にコバチッチやベルナルドに警告が出たのも、シティの強気のチェックにブレーキをかけたかもしれない。35分のコバチッチの2枚目疑惑のシーンの場面はラヤがボールを持っているときのシティのプレスのベクトルとアーセナルのポジション移動の駆け引きが堪能できる場面である。
アーセナルは25分を目処にシティのプレッシングを撃退する安定感を身につける。これによりシティを押し込む状況が作れるようになる。
優先度決定でシティの前進を妨害
シティのボール保持のフェーズのポイントはなんといってもベルナルドだろう。適正ポジションは前だろうが、この試合においてはゲームメイクを託されることに。不在時のフィリップスとコバチッチの出来を見れば、この判断はロドリ不在の穴を埋める方策としては納得せざるを得ないというのは正直なところである。
アンカーに入ったベルナルドに対して、最終ラインから隣に立つようなサポートはなし。この日のシティのバックスの4枚はいずれもアンカーの隣でプレーする頻度が高い選手ではないので、SBもCBも本来の立ち位置をベースにしていたのは想定通りと言えるだろう。
アーセナルはハイプレスからボールを奪いにいくが、エデルソンを絡めた+1でのビルドアップに苦戦する。わずかな隙でもサイドに叩けるベルナルドやフリーになりやすいエデルソンを経由することでシティはアーセナルのプレッシャーが薄いエリアからボールを運んでいく。
食い付けば背後も狙うことができる。シティは主に左サイドでこの動きを活用。ホワイトとジェズスをアケとグバルディオルで手前に引き出し、背後をフォーデンが狙う形はその一例。ジョルジーニョが警告を受けてしまったように、アーセナルはこの動きに対して後手に回る場面も。ホワイトの背後を取ることができれば、サリバかジョルジーニョが引っ張り出せるので、シティとしても意義は大きい。
フォーデンは裏抜けだけでなく降りる動きも織り交ぜながら変化をつけていく。ホワイトを自身の降りる動きで手前に引きつけると、背後をグバルディオルが狙う縦関係を入れ替える形から裏をとっていく。ジェズスのプレスバックの嗅覚の早さはさすが。1,2回裏を書かれた後はついていきながらスペースを埋めてギャップを許さなかった。
アーセナルはプレッシングも前半の中盤から整備していく。ポイントはディアスを捨てたこと。これによりラインが下がる代わりにベルナルドをフリーにする機会が減り、アーセナルはズレた状態でサイドで受ける機会が減る。また、左のWGのトロサールがインサイドを閉めてアルバレスやルイスの受けるスペースを封鎖することを優先。代わりにスペースをもらったウォーカーだが、大外で孤立気味でできることはあまり多くはなかった。
プレスへのトライやシティのバックラインに自由に持たせつつラインを上げることができるのは、ひとえにサリバとガブリエウのCBコンビがハーランドとの攻防で後手を踏まないおかげ。裏抜け一発という攻略法が使えないシティはルイスが根性で中央のスペースを切り拓く縦パスをつけるくらいしか前進の手段がなく、4-4-2でリトリートの機会を増やしたアーセナルを前に徐々にチャンスを作れなくなっていく。わずかな加速しての攻撃もライスやガブリエウのリーチの長い守備で防がれてしまい、アーセナルのゴールに迫ることができない。
どちらの保持の局面も初めはシティがやや優位。だが、時計の針が進むにつれてアーセナルがポゼッションもプレッシングも制御して優位を取り戻した45分となった。
伏兵・冨安が前線に飛び出した理由は?
アーセナルは負傷交代により左のWGをトロサールからマルティネッリに変更。個性の異なる選手の入れ替えにより、後半のアーセナルは少しスタイルが変化する。
まずは左の大外に預けどころができたことで前半はあまり見られなかった左の大外の定点攻撃を再構築。この日は大外のフォローに回りやすい構造になっていたジンチェンコをはじめ、ライスやエンケティアのフォローから左奥のパス交換を増やし、マルティネッリからファーサイドへのクロスを狙う形を作っていく。
マルティネッリの登場によってもう1つ変化したのはプレッシングの姿勢。前半の終盤はややリトリートの傾向が強かったアーセナルだが、トロサールよりもチェイシングの意識が強いマルティネッリにより、ディアスへのプレスが復活。ロングボールを無効化するCBにより、シティに蹴らせて回収するムーブからアーセナルはボールをプレスから取り返せるようになる。
ならば、ボールをプレスで奪い返したいシティ。だが、アーセナルは右の大外のジェズスが徐々にロングボールの収めどころとして機能するように。ジェズスはマイナス方向へのコントロールを使いながら、グバルディオル相手に徐々に渡り合うようになっていく。
右サイドでもウーデゴール、ホワイトと人数をかけた攻撃ができるようになるアーセナル。ジェズスとグバルディオルとのマッチアップはさすがに正対すればアーセナルにとっては不利。よってオフザボールの動きとやり直しを増やしながら抜け出す機会を伺っていく。トーマスのプレータイム制限があったかどうかはわからないが、サカ不在の右サイドの攻撃構築はジョルジーニョを先発で起用する理由としては十分なものと言えるだろう。アーセナルは右の奥を取ることができてはいたが、素早くカバーに入るアケが水際で食い止めて決定機を許さなかった。
ハイプレスを受けたシティは徐々にこれに対応。右サイドでマルティネッリやエンケティアをひきつけて、エデルソン経由で逆サイドに届ける。ホワイトとジェズスをアケとグバルディオルを引きつけながら裏を狙う形からアーセナルのプレスを上回り、左サイドから裏を抜けるケースを作るように。
こちらのサイドにヘルプにきたライスの留守の間に、ルイスがあわやゴールというシーンを作り出すなど、少しずつシティは押し返すように。2,3回運ばれた後はアーセナルはリトリートの時間を増やし、再び4-4-2で構えるようになる。試合は再びシティが押し込む時間に突入する。
シティはヌネス、ストーンズで中盤を整えつつ、大外の攻撃の担い手としてドクを投入。押し込むフェーズの仕上げにかかる。ドクは2回ほど右サイドで仕掛けると手応えがなかったのか、フォーデンと左右を入れ替えて左から勝負に出ていく。
アーセナルも少し遅れて3枚交代を敢行する。ハヴァーツ、トーマス、冨安と各ポジションを1人ずつ入れ替える形で再構築を図る。テコ入れがあったのは左サイドの構造。冨安が絞って、ライスを前に押し出したりなど少しずつ変化をつけながら前線の厚みを増すような形を作っていく。
大きな動きを見せる冨安に対して、基本的にあまりフォーデンは優先度を高く注意を払っていなかった。それよりもガブリエウに対してハイプレスを行ったり、あるいは冨安の登場とともにトロサールのようにインサイドに絞るマルティネッリを警戒することが多かった。
自身のマークが甘いことを察したのか冨安は前線に飛び出すトライを敢行。後追いになったフォーデン、マルティネッリをケアしていたウォーカー、ハヴァーツの近くにいたディアスはいずれもこの冨安への対応が遅れることに。トーマスからスペースに出されたボールを落とした冨安からパスを受けたハヴァーツがなんとかボールを繋ぐと、最後はマルティネッリ。シュートはアケに当たりゴールイン。86分にアーセナルが試合を動かす。
それ以降も前線の3人がロングボールの収めどころとなりながら時計の針を進める。長く立ちはだかってきた難敵を倒せるかもしれないという緊張感のあるシチュエーションと裏腹に磐石の試合運びで逃げ切ったアーセナル。ファイナルホイッスルはリーグ戦12連敗に終わりを告げる合図。およそ8年ぶりとなるシティ戦の勝利でアルテタは24チーム目に対する勝利をついに味わうこととなった。
あとがき
前半のビルドアップとプレッシングに対する劣勢に対して時間をかけて修正策を見出して主導権を引き戻したこと、交代選手を軸として構成した左サイドから伏兵の冨安が前線に飛び出すという構造のギャップから勝ち越しゴールを手繰り寄せたこと。シティの仕掛けたプランにアーセナルは十分に対応して押し返してみせた。がっぷり四つで組み合いながら手の打ち合いで上回ったという経験はグアルディオラを向こうに回したアーセナルの試合としては、はっきり言って前例のないもの。初めての体験だったと言えるだろう。
プランの幅の話で言えば、ジョルジーニョやトーマスの併用でライスの可動範囲を広げる形やハヴァーツのCF、ジェズスのWGなどがビッグマッチで確かな成果を上げることがわかったのも収穫。特に強度の高い試合においては間違いなく攻守に有用なオプションになるはずだ。
これまでは惜しい止まりだったシティ相手のチャレンジにようやく目に見える結果を出したアーセナル。内容的にも薄い勝ち筋をたどりながらのアップセットではなく、同じ土俵に立っての勝負をサカ抜きで制したことは自信になるだろう。
アーセナルが負けた試合の後でも「アーセナルはいいチームで素晴らしい監督を有している」と述べるグアルディオラ。嘘をついているとは思わないが、結果故にファンとしてこのコメントをどこか素直に受け入れられないでいた。
だが、今回は別。「Congratulations to Arsenal for the victory」というグアルディオラの祝福の言葉を真っ向から受け止められる結果をアーセナルは遂に手にしたのだ。
試合結果
2023.10.8
プレミアリーグ 第8節
アーセナル 1-0 マンチェスター・シティ
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
ARS:86′ マルティネッリ
主審:マイケル・オリバー