プレビュー記事
レビュー
ブレントフォードのプレスのフローチャート
開幕から怪我人が続出しているブレントフォード。この日は事前情報からローアスリウとコリンズとさらに2人が離脱。コリンズの穴はWBができるアイエルが埋めるため、WBがそもそもできるローアスリウと合わせるとWBに一気にしわ寄せが来ることに。ゴドスとジャネルトのコンビはかなり緊急登板性が強いものとなった。
プレビューで触れたこの試合の序盤のポイントはブレントフォードの出方である。苦しいスカッド事情の中で持ち味である相手を飲み込むようなプレスを行うのはなかなか難しい。ビッグ6仕様の3-5-2の座組はこの試合でも同じではあるが、リバプール戦でも同様のフォーメーションでベタ引きした実績があるようにリトリートを優先する場合もある。
注目の立ち上がりのブレントフォードはひとまず高い位置に出ていくスタンスだった。「前からプレスに行くことで見返りがあるのであれば、アーセナル相手につっかけてみよう。そうでないのであれば、ベタ引きしよう。」というフローチャートがブレントフォードの頭の中にはあったはずだ。
というわけでアーセナルのリアクションが次の重要な要素となる。ブレントフォードにとってプレッシングは続ける価値があるのかを判断するにはプレスが効いている実績が欲しいところ。久しぶりの先発となったアーロン・ラムズデールの決定的なミスをもって、ブレントフォードは「十分にプレスをかける価値がある」と判断することができた。
ブレントフォードのハイプレス継続のもっともわかりやすい要因はラムズデールになるだろう。だが、アーセナルのDFと前線が間延びしており、ブレントフォードが優位なジェズスへのロングボールがプレスの脱出口になっていたことも前からプレスに行く後押しとなった間接的な要素だろう。
ロングボールを蹴らせて回収すると、ブレントフォードの狙いは自軍の右サイド側。ムベウモがサイドに流れながら後方からのボールを引き出していく。しかしながら、この形はアーセナルが見切ることができていた。アーセナルのボールロストはラムズデールのミスを除けば、ジェズスのロングボールのようなセンターサークル付近で失うものが多かった。直線的なカウンターを打つにはやや遠いし、前線に人がたくさんいる状態ではない。
そのため、ガブリエウはある程度決め打ちでサイドに流れるムベウモをケアすることができていた。危ういシーンは右で深さを作ってからのノアゴールのミドルくらい。彼らの得点源であるセットプレーはまた別の恐怖があったが、アーセナルのビルドアップがなかなかうまくいかなくとも流れの中から崩されるという場面はあまり多くはなかった。
3つのタスクを持つIHを揺さぶる
さて、20分を少し過ぎたあたりから試合の展開は変化を迎える。アーセナルが押し込みながらブレントフォードを自陣にくぎ付けにするフェーズである。この時間帯はブレントフォードがプレスに出ていくことはほぼなく、バックラインは自由にボールを持つことができた。
ブレントフォードの非保持の特徴は3-5-2というよりは5-3-2ベースであること。WBのジャネルトとゴドスはアーセナルのWGを基準とした守り方をしており5バックはフラットだ。かつ、MFのラインが極端にDFに近く、いわゆるライン間のスペースは圧縮されている状態になる。アーセナルのWGに対してブレントフォードはIHがWBをヘルプする2枚で当たるのがベースとなっている。
アーセナルの撤退守備の攻略はWGが大外でズレを作るところから始まることが多い。だが、この日のように2枚のマークがタイトについている状況ではさすがにそうしたことは厳しい。左のマルティネッリはゴドスを振り切ろうと切り替えしたタイミングでオンエカに寄せられてしまうなど、1人目を抜く作業中に2人目に詰められてしまう。
このような場合、アーセナルはWGに寄せていく2人目がもともといたスペースを使うのが良い。マルティネッリにとってはオンエカ、サカにとってはヤルモリュクである。本来、オンエカやヤルモリュクは彼らが任されているマークがいる。この試合で言えばアーセナルのSBである。マルティネッリが2枚を引き受けることでジンチェンコがスペースを得る構造になっている。
この構造を生かすためにはSBが攻撃に影響があるところに顔を出す必要がある。両方のSBがきっちりと前に顔を出せば、今度は3センターが横幅を広く守ることになる。そうなればブレントフォードのIHの負荷はさらに大きくなる。
つまり、この試合のアーセナルのキーはブレントフォードのIHの負荷を増やすこと。具体的にはSBのマークとWGへのダブルチーム、さらには逆サイドのスライドの3つの負荷をブレントフォードのIHにかけることができるか?そしてその結果できるギャップを活用することができるかどうかである。
この部分がうまくいっていたのは左サイド。マルティネッリとジンチェンコのパス交換は相手のラインを揺さぶることがとてもよくできていた。
こうしたブロック攻略で重要なのは今相手がどこの場所が手薄なのかを瞬時に判断する能力である。ジンチェンコはそうした判断が非常に冴えていた。
マルティネッリからパスを受けるときに自分にオンエカがついてくるのであれば、マルティネッリにリターンパスを出せば1on1になる。もしくは裏にパスを出すスペースがあれば抜け出すことができるかもしれない。いずれにしてもパス交換からダブルチームを解除できる。
インサイドの動きも重要だ。逆サイドにはクロスに飛び込む選手がいるかもしれないし、マルティネッリによって下げられたラインによってライン間にも選択肢はある可能性もある。浮き球で落としてもいいし、3センターの横スライドがうまくいっていなければグラウンダーの縦パスも通る。ロングボールは収められないジェズスでもグラウンダーのボールであれば、きっちりと相手を背負ってのプレーをすることができる。
このように相手を見ながらどこが使えそうかを臨機応変に判断することが左サイドではできていた。ちなみにIHのトロサールはこの旋回にあまり加わってこなかった。3人であれば、釣りだす相手の関係性やパターンはより複雑で多様化する。その分相手がついてくるのは難しくなる。
しかしながら、この日はマルティネッリとジンチェンコの2人の関係性を中心に相手を十分に動かせていた。トロサールのようにボックス内のタスクに集中するという判断もまた悪くないように思える。
逆に右サイドはこうした動きが少なかった。サカとウーデゴールはボールを持っていない時に互いに影響を与えられるような動きを見せられる機会はあまりなかった。冨安は相手に影響を与えるランを見せてはいたが、サカもウーデゴールも冨安を使うパスを出すことに消極的であり、なかなか冨安のランが活きることはなかった。左も右も二人称ではあるが、同じ画を描けているか?という点で少し右サイドには個々人で乖離があったように見えた。
トロサールがネットを揺らしたシーンも最終的にクロスが上がったのは右サイドだが、きっかけはスローインからのリスタートで奥を取った左サイドの関係性から。こうした初手のアクションは左から始まることが多かったが、逆サイドで飛び込むアクションが見られないためなかなかラストパスが合わず。むしろ、飛び込めるマルティネッリやトロサールがいるのは左サイド。この辺りの役割のバランスはアーセナルのジレンマになっていた。
ブロック守備攻略にいそしんだアーセナルだが、前半はスコアレス。得点を挙げられないままハーフタイムを迎える。
押し込むフェーズに至らないことのメリット
後半のポイントもブレントフォードの出方になる。ハーフタイム前の流れを続けるのか、それとも異なる物語を始めるのかはブレントフォードの立ち上がりのスタンス次第になる。
ブレントフォードの選択はハイプレス。つまり、ハーフタイム前までの押し込まれる流れを断ち切り、後半頭からはハイプレスで高い位置から追いかけるという前半頭のアプローチを採用する。
これにより、後半は前半の終盤に迎えた押し込んでのブロック攻略とは異なる要素をアーセナルは強いられることになる。前半よりも主導権がフラットでボールがピッチを往復するケースが増える後半。一見、ブレントフォードが盛り返したようにも見えるが、アーセナルにとってはそう悪いことばかりでもない。
というのもトランジッション起点の攻撃が増えるからである。ボールを奪って縦に速い攻撃を仕掛けられることのメリットは相手側に守備を整える時間がないことになる。
アーセナルの前半の右サイドの問題点はサカとウーデゴールの連携がイマイチで、WGについている2枚のマークを剥がすことができなかったことである。だが、トランジッションからサカにボールが入るときにはブレントフォードはそもそも2枚でサカに当たることができない。
そもそもマークが1枚しかつかないのであれば、サカには自身で相手を抜き切る機会は十分に出てくる。ブレントフォードの前への意識が強くなり、トランジッション局面が増えることにより、アーセナルが右サイドで見せた問題点は自動的に解消の傾向にあった。
このポジティブなポイントの前提条件となっているのは安心感のあるバックスがブレントフォードの直線的な攻撃に耐えられる強度を持っていること。いくら縦に速い攻撃で自軍がチャンスを作れたとしても、相手にそのペースを上回られる形で決定機を作られては意味がない。ガブリエウ、サリバを中心にアーセナルは空中戦では簡単に優位を渡さず、ボールの行きかう流れでもチャンスを与えなかった。
前半はバタバタしていたラムズデールも主に飛び出しなどのリベロ的な振る舞いからチームを助けるように。割り切ったロングボールも含めて前半よりは安定したプレーを見せていた。ジンチェンコのやばいミスからアイエルとムベウモに右サイドからアタックをかけられたシーンもあったが、これはゴール前で自身がクリア。自分のケツを自分で吹いてみせた。
ブレントフォードのスタンスは前半以上に長い時間持続した。高い位置からのプレスからアーセナルの攻撃を阻害し、前半の終盤のような引いたブレントフォードの守備を緻密な保持で壊していくという流れは後半のアーセナルにはあまり訪れなかった。
ようやくその流れになったのは80分を少し過ぎたあたりだろう。アーセナルはATを含めて10分余りを残したタイミングで前半終了間際と同じ課題にぶち当たることとなる。
左サイドはフリーでクロスを上げられるけど右サイドの選手はなかなか飛び込んでくれない、かつ左サイドの選手は飛び込んでくれそうだけども右サイドではそもそもクロスを上げられるズレを作れない。端的に言えばこれが前半のアーセナルの問題点である。
後半もこの傾向は同じ。特にオフザボールで相手に影響を与えられない右サイドの停滞感はなかなか。個人的にはアーセナル加入以降に「ウーデゴールを代えたほうがいいのではないか?」とここまで強く思った試合はあまり記憶にない。
しかしながら、最後の最後で右サイドは仕事をした。ウーデゴールのドリブルは縦につっかける形になり、WBのジャネルトを自らに引き付けることとなった。これが外に存在するサカにクロスを上げるためのわずかなギャップを生むことになる。
ゴール方向に向かうサカのクロスにファーサイドから飛び込んだのは途中交代のハヴァーツ。右サイドでズレを作ることにより、ようやく「飛び込める左サイド」を生かすことができたアーセナルが90分手前で大きな先制点を手にすることとなった。
終盤は5バックに移行していつも通りの逃げ切りに成功したアーセナル。再開初戦のタフな試合を制し、今季初めて首位に立つこととなった。
あとがき
マルティネッリとジンチェンコが見せる押し引きや、たまに見られた中央でのライスのミドルなどブロックを組んだ相手に対して、何もせずに手をこまねいている試合が今のアーセナルは本当に減ったと思う。シュートやチャンスといった目に見える形にならなくとも、相手を見たアプローチを続けていけば最終的にはこじ開けられる可能性は上がる。
左右のサイドでこのアプローチの質に差があったのは課題だろう。右サイドは最後の最後まで問題の解消の見込みはなかなか見えてこなかった。最終的に答えをひねり出してアシストを決めてしまうというのはこの試合だけでなく、今季のサカを象徴する流れのように思える。
逆に言えばベタ引き戦法というのはそうした細かいスペースの許容で一気にプランごと崩壊してしまう可能性があるということでもある。アクシデンタルなハンド、跳ね返ってしまったミドルなどこの試合よりもはるかに偶発的な要素が高いケースでもあっさりと台無しになってしまうことはよくある話だ。
だからこそ、敵陣でのプレータイムでの現実的な可能性を探りながらアーセナルと渡り合ったブレントフォードのアプローチもまた素晴らしいものだった。単なるベタ引き一辺倒ではなく、そうした駆け引きができるのはトーマス・フランクのチームの素晴らしい資質。ビッグ6との優秀な成績、要塞と化しているホームスタジアム、無縁な残留争いという素晴らしい釣果を得ているのはこうした部分を徹底しているからだろう。
試合結果
2023.11.25
プレミアリーグ 第13節
ブレントフォード 0-1 アーセナル
ブレントフォード・コミュニティ・スタジアム
【得点者】
ARS:89‘ ハヴァーツ
主審:ティム・ロビンソン