プレビュー記事
レビュー
ビラのビルドアップをめぐる駆け引き
バイエルンの大一番からは中4日。3日後にはリターンレグがミュンヘンで行われるアーセナル。この欧州カップ戦の間の試合は非常にタイトである。そんな中でホームに迎えるのは同じく欧州戦線に生き残っており、中2日でエミレーツに乗り込んでくるアストンビラだ。
同様にタイトな日程の両チームだが、メンバーはこの試合にフルコミット。立ち上がりの両チームの強度も含めて、まずはこの試合にとにかくフォーカスということが伝わる展開となった。
アストンビラのビルドアップに対してアーセナルはハイプレスからのスタート。4-4-2をベースにウーデゴールを旗頭としたプレッシングで相手を高い位置から捕まえにいくアクションを見せていく。
アストンビラはパウ・トーレスとマルティネスを軸に自陣からの横パスで探りを入れていくスタート。立ち上がりはシンプルな裏勝負で様子見の様相だったが、この形では一気にアーセナルの守備ブロックを崩すのは難しいと感じたのだろう。時間の経過とともにショートパスを使いながらの前進が増えていく。
アーセナルのプレスの肝は相手のビルドアップをサイドに誘導して袋小路に追い込んでいくこと。特にこの傾向は右サイドに顕著。ウーデゴールの追い込みにサカとホワイトがキャッチアップして右サイドを一気に塞いでいく。
アストンビラは多少追い込まれても自信があるパウ・トーレスから左に立つザニオーロ、ロジャーズに縦パスを狙っていく。おそらくは後方に供給役がいる左サイドにややフォーカスして前進していこうという狙いなのだろう。しかしながら、アーセナルもライス、サリバを含めた受け手へのプレッシャーで前進の隙を作らせない。中盤と連携しての挟み込みが見事だった。
パウ・トーレスもそれをわかっているので、インサイドに刺すことを狙っていきたいところ。中央に立つティーレマンスがフリーで前を向くことができれば、一気にここから縦に進めそうなのでビルドアップでそうした場面を作ろうとしていた。
ただ、アーセナルもキャッチアップ。ティーレマンスには前を向かせなかったし、前を向けないティーレマンスが右サイドにスイングするようにボールを展開しても、アーセナルのプレスはスライドして相手を捕まえにいく。
このアストンビラの保持局面でのアーセナルとの駆け引きは非常にレベルが高く、見応えがあるものだったと思う。やや、アーセナルが優勢だったものの、ボールロスト直後など少しオープンさを残すときにはアストンビラが容赦無く縦パスから前進。これに対して、アーセナルはトロサールやジェズスなどの爆速プレスバックやラヤの飛び出しで対応するなど、一瞬の隙を探り合う潰し合いとなっていた。
サカも定点攻撃に対してはディーニュについていって最終ラインを埋めるなど献身的な対応。アクシデンタルなガブリエウのパスミスからのワトキンスの決定機を除けば、アストンビラはなかなかオープンなチャンスを迎えることができなかった。
速攻でも遅攻でも糸口はある
一方のアーセナルの保持は3-2-5でのスタート。ジンチェンコがインサイドに絞ってライスの隣に立つ。アストンビラもアーセナルと同じくバックラインに対しての強気のプレスに出て行っていたが、なかなか捕まえ切ることができない。この点では明らかに保持側のアーセナルに余裕があった。
アーセナルの保持でクリーンに前進できるポイントはディアビの周辺。10分のシーンのようにビラの2トップの脇からディアビを誘き出すように引きつけて、その周辺から前進。
オープンになったハヴァーツからトロサールに繋いで、そのまま左サイド攻略に移行するアーセナル。手前にとどまるジンチェンコを追い越すようにハヴァーツのハーフスペースの裏抜けからフィニッシュを探っていく。
この試合ではハヴァーツの裏抜けを別途単品での崩しの道具として使っていたのが印象的だった。自陣の保持の早い段階からハヴァーツは左のハーフスペースを単独で裏に抜け出していく。ジェズスが両CBを引きつけていることを利用して、ゴールに向かっていく。
この抜け出しに関しては完全にシュートまで持ち込むことができるところまで出し抜けていたので、形としては文句はない。ただ、より威力を上げるという意味では左のWGのトロサールに根元に走り込むようなランをしてほしさがあった。単品だけでも十分な威力だけども、より破壊力を増幅させる余地はあったように思う。
ただ、こうした飛び道具による速攻はなくとも、アーセナルは十分に手応えのある攻略が可能。サイド攻撃は当然WGが基準になるのだけども、マイナスのパスに対するアストンビラのバックラインの押し上げが遅い。アストンビラのMFは列を上げるため、アーセナルがマイナスのパスを入れるとライン間が空く。マイナスのパス→ライン間→裏抜け→ラストパスというメカニズムを回すことでアーセナルは少しずつゴールに迫っていく。ポジションの流動性と豊富な裏抜けによって、スモールスペースを攻略するアーセナルの攻撃はアストンビラに対して確かに脅威になっていた。
だが、前半のアーセナルはネットを揺らすことができず。トロサールが40分に迎えた決定機はマルティネスによって阻まれてしまい、前半はスコアレスで折り返す。
押し下げることにフォーカスしたプレス回避
前半、劣勢だったアストンビラだが少し後半にプランを変えたようだった。もっとも大きな変化はワトキンスを前進のためのパスのレシーバーとして活用したことだろう。中央からあまり動かず、フィニッシャーにフォーカスする振る舞いを見せていたワトキンスだったが、後半はここのバランスを調整。ライスの矢印の根本を狙うようにスペースに降りながらボールを受けるアクションを入れて、サリバに捕まらないようにして一気に反転を狙う。
これに合わせるように、ザニオーロは裏に抜けて走る。ただ闇雲に裏に走るのではなく一度降りるアクションを見せたり、あるいは普通に縦パスを受けたりなどのジャブをちょいちょい打ってくるのが憎かった。
このワトキンスの変化から読み取るにアストンビラの後半はアーセナルのプレスを破壊して、前進することにフォーカスしたのだろう。前半に左サイドにいたロジャーズは右のハーフスペースで縦パスのレシーバーとして待機。バックラインはトーレスからの鋭い縦パスに拘らず、ティーレマンスを軸に左右に散らしながら広くアーセナルを押し下げることから始めていく。
アーセナルは逆に前半と同じようなプレスの強度を見せることができなかった。特に左のIHのハヴァーツの疲労は顕著。ビラのボール回しが右サイドに来たときに明らかにプッシュアップができる機会が減っていた。この辺りは勤続疲労に加えて、前半に単独裏抜けによって足を使ってしまったところがあるのだろう。
このように局所でアーセナルは後手を踏む機会が増える。ホワイトは表と裏の駆け引きを繰り返すザニオーロを2枚目の警告に気をつけながら抑えることに苦労していた。プレスを押し上げられないこと、そして後方の迎撃に怪しさがあることからアーセナルのプレスは徐々に減退していく。
もう1つのアストンビラのマイナーな変化は非保持においてマッギンがハヴァーツの単独の裏抜けに対して、予防的なポジションをとっていたこと。これでハヴァーツの裏抜けへの対策は完全に完了した形になった。その分、中盤に穴を開けるチャンスはあったのだけども、ジンチェンコが前半よりも中盤にとどまることに固執。ディアビ周辺のスペースでプレーすることを意識して、マッギンが引っ張られた手前のスペースを活用することができれば、少し風向きは違ったように思う。
アーセナルの保持においてはホルダーへのサポートランの質が低下。前半は2,3人が連動していたボールを持っている選手に対しての動き出しが後半は1人になってしまい、アストンビラの守備の予測が非常に簡単になってしまった。
ということであらゆる局面でアストンビラがペースを握ることとなった後半。試合は前半よりも明らかにフラットな展開になっていく。
ジンチェンコのミスからのティーレマンスのミドル以外はなかなか両チームにチャンスが訪れない堅い展開となった後半。この試合を動かしたのはアウェイのアストンビラだった。左サイドの裏に抜けたモレノが抜き切らないクロスを上げる。セットプレーの流れで攻め上がっていたパウ・トーレスがニアで潰れたことで、ファーに流れたボールをベイリーがゲットする。
反撃に出たいアーセナルはセットプレーからの同点ゴールを狙うが、ここからの二次攻撃で鋭いパスを狙ったジョルジーニョのパスミスからワトキンスがカウンターを沈めて試合は完全決着。80分以降の固めうちでエミレーツ制圧に成功したビラが4位争いに大きく前進する勝ち点3を積み上げた。
あとがき
結果ほど完敗とは思わないけども、勝負どころでスコアを動かせなかったツケを後半にきっちり払わされたなという印象。ビラがECLでどのような試合をしたかはわからないけども、この試合の戦術遂行の持続性はお見事だった。アーセナルは明らかに足が止まっていたので前半勝負だったのだろう。まさしく、戦術遂行の持続性で差がついた格好。後半のビラのプラン変更について行けなかった。
紙一重で試合後のポイントが変わってくるような相手が多いのがアーセナルの4月のプレミア。CLとの並行はハードで、今後もその流れは少なくとも2週間は変わらない。タフな4月になるが、暇よりは遥かにマシ。去年は追い抜かれてからが情けないタイトルレースだった。周りのチームどうこうよりも自分たちがきっちり最終節までやることをやり続けたい。
試合結果
2024.4.14
プレミアリーグ 第33節
アーセナル 0-2 アストンビラ
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
AVL:84′ ベイリー, 87′ ワトキンス
主審:デビッド・クート