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レビュー
バイエルンのSHに託された役割
CLに挟まれた週末のリーグ戦は対照的だった。アストンビラとのホームゲームで敗れて優勝争いに一歩後退したアーセナルと、レバークーゼン初優勝という歓喜が飛び交う中でケルンを前に粛々とCLに向けて爪を研いでいたバイエルン。1日異なる試合間隔に加えて、バイエルンのホームとなる2nd legという環境も踏まえると、前段階ではややバイエルンが有利な材料が揃っていると言えるだろう。
両チームのメンバー選考にはきっちりとカラーが反映されておりそれはピッチ上でも実現されていたように思う。まずはバイエルン。デイビスが出場停止の左サイドにはマズラヴィをSBに置き、SHにゲレーロを並べた。単純にプレータイムを意識するのであれば、週末のケルン戦はデイビスを置いておけばいいのだろうけども、このポジションでマズラヴィをテストしたということはアーセナル相手にぶつけられるかのチェックをしていたということになるのだろう。
攻撃面で考えればケインとミュラーを並べる形の方がいいと思うのだが、トゥヘルは1st legに引き続きSHには守備に重いタスクを負わせて、ムシアラをこのポジションに置かない選択をした。ゲレーロは敵陣ではホワイトのチェック、自陣ではサカのダブルチームなど非常に精力的な守備を行っていた。
一方のアーセナルはジョルジーニョが先発。ハイプレスに出ていくテンポを上げたものではなく、ある程度静的に試合を進めていきたいのだろうということが見て取れた立ち上がりだった。この試合のアーセナルのポイントの1つとして「プランと人選のギャップを抑えることができるかどうか?」という話を述べたけども、アーセナルはこの点をクリアしたプランを持ち込んでいたと言えるだろう。
アーセナルのボール保持は3-2型がベース。プレミアリーグでジョルジーニョがアンカーの際はサポートに入らない形もあったけども、この試合では基本的には誰かが隣に立つことが多かった。相棒候補は冨安、ライス、ウーデゴールなど。この辺りの流動性だとか、あるいはホワイトが3バックの一角に入った辺りはバイエルンの中盤に「どこまでついてくるの?」ということを問いかけているようなスタートとなった。
アーセナルのボールの動かし方で多かったのは3バックの片方、もしくは2CHの片方がボールをもち、サイドにボールをつけていく形。イメージとしてはバイエルンのSHを揺さぶる形だろう。前プレの3人目、本来のマッチアップであるSBのケア、そしてWGへのダブルチームという3つのポイントをSHに行ったり来たりさせることでどこの役割にフォーカスさせるかの勝負を仕掛ける。
バイエルンの対応は冷静そのものだった。下の図のようにチェーンが切れかけることもあったのだが、切れそうになったところで2トップが列を落として中盤を埋める。これで再びバックラインにボールを戻して攻めさせていく。ホルダーにはきっちりとプレッシャーをかけること、そしてインサイドへの縦パスはバックラインとCHを挟むことも徹底。バイエルンは見事なミドルプレスでアーセナルを締め出すことができていた。
アーセナルの保持は徐々に右サイドを軸にシフト。ライス-ジョルジーニョ併用時にたまにある形ではあるが、IHのライスが中央に鎮座し、ジョルジーニョが右サイドに流れつつ後方支援という形が出てくるように。ポイントを多めに作る右サイドはサカが2枚のマークを常に行っていたため、他の選手は空きやすい。また特にトランジッション局面においては中盤中央に立っているライスにフリーでボールを持たせることができていたアーセナル。
しかしながら、なかなかフリーのライスからの配球からの攻撃を生かすことができず。人数の多い右サイドの裏抜けに合わせるボールだとか、あるいは人が少なくスペースがある左に散らすなどの自在さが出ていればもう少し勝手が違ったようにも思う。右に流れたジョルジーニョからの効果的なボールも27分くらいのものであり、あまり頻度は上がってこなかった。
一方のバイエルンの保持は2人のCB、2人のCHがベース。CHが最終ラインに降りるアクションなども含めて大きく動きながらアクションを仕掛けていく。バイエルンのビルドアップの設計は基本的に1st legと同じ。左サイドからの縦パスを入れ込み、反転もしくは中盤にパスを預けて逆サイドに大きく展開することで脱出をさせていく。
アーセナルの左のSBは冨安。サネとの平面でのマッチアップは十分に互角だったが、背後に動き出しながらスピードに乗った状態であれば、サネは冨安を置いていけそうというニュアンスだった。それでも1st legでキヴィオルに見せたように相手を背負って反転からの加速というスピードアップのパターンがなかった分、バイエルンはとりあえずここに預けておけばなんでもできるという感じはしなかった。
その分、効いていたのは左サイドからそのまま縦に進むパターンである。ゲレーロ、マズラヴィの左サイドの縦関係コンビはとにかく動き直しが多く、特に手前を見せてから裏に動き直すパターンが異様に多い。自らがボールを受けてのワンツーもあるし、ケインやムシアラのポストに合わせて裏に走り抜ける形も。
迂闊に出ていってしまったら簡単に背後を取られるリスクがホワイトにはあるし、ムシアラに関しては対面のジョルジーニョがついていけないパターンもあるので、押し上げてプレスに出ていくにはリスクが存在する。保持においては静的に試合を進めるプランと一致していたジョルジーニョだったが、行動範囲が広いムシアラのケアではやや後手を踏む場面も。この辺りはスターターが妥当だったかは意見が分かれるところだろう。ということでバイエルンは同サイドに鋭く縦に進むパターンを用意することで、サネのマッチアップで得られなくなった分の優位を左で再構築していたように見えた。
もっとも、アーセナルにとってはバイエルンのビルドアップに対抗する手立てがなかったわけではない。彼らのハイプレスは起動するたびにバイエルンを追い込んでいた。特にCBをサイドに追いやる形は有効で、多くの場合はパスミスを誘発した状態で簡単に攻撃を終わらせることができていた。ただし、頻度的にはあまり多くなかったのがしんどいところ。あえての後半勝負か、それともタイトなスケジュールで連打することができなかったのかはリアルタイムで見ていた時には判断がつかなかったが、後半を見る限りはおそらく後者なのだろう。
CBをサイドに追い込む形から奪い取ることはできるのだが、それを実装するためのエネルギーがなく、プレスのスイッチをウーデゴールやハヴァーツが入れることができない。ミドルブロックで構えつつ、バイエルンの左サイドが繰り出してくるオフザボールに耐えるしかない!という展開に追い込まれてしまったというのが正直なところだろう。中盤からのスピードアップをオフザボールで引き出すところではバイエルンが優位。その分、シンプルに敵陣に迫る機会が多かったように思えた。
ケインはクロスのフリ
後半の頭にチャンスを迎えたのはバイエルン。右サイドからのクロスに入り込んだゴレツカがチャンスを迎える。このクロスはよく設計されているもののように思えた。当たり前の話だが、リーグ戦を見る限りクロスのターゲットとなっているのは、圧倒的にケインが多い。もちろん、相手チームもケインにマークをつけるのだが、CBを外す動きがとてもうまく特にマッチアップ相手から離れるファーの動きでフリーになりながら押し込むことが多い。一回CBに近寄って、背後を取るのがミソである。
リーグ戦で多く見られている動きなので、当然アーセナルのCBもこの動きは頭に入れているだろう。ファーに逃げることでフリーになる動きを防ごうとバックステップを踏む準備をしている。なので意識は後ろに向かっている。まさに上に挙げた決定機におけるサリバとケインの動きを確認してほしい。ケインの得意パターンであるCBから逃げる動きとそれについていくサリバのステップが確認できる。
で、この日のポイントはこのケインの動きが本命ではなくフリだったこと。ファーに引っ張られたサリバの根元に走り込む選手(=この場面ではゴレツカ)がクロスのターゲットの本命だった。目の前に見えるマーカーよりも見えないケインの方が怖いというのはいかにも9番の存在感を活かしたフリだなと思う。
得点シーンのクロスもまさにこの形だった。左サイドのゲレーロから上げられたクロスはケインの背後に飛び込んだキミッヒに。ファー側のCBに当たるガブリエウはケインにピン留めされて、SBの冨安は大外のサネ(オフサイドだっただろうが冨安がボールと同一視野に入れるのは難しい位置だった)を気にしていた。この2人の意識の間に飛び込んできたのがキミッヒという形であった。
ホワイトにはゲレーロにもっと寄せてほしかった気持ちもあるが、その前のシーンでは逆サイドからのクロスに対してホワイトはケインに引っ張られている分、ゲレーロにボールが入った時には距離がある。ホワイトが全速力で真っ直ぐにゲレーロに向かっていったとしたら、その勢いを使われてゲレーロに交わされてしまい、グラウンダーのクロスも含めて完全に自由にインサイドにボールをつけられていた可能性もある。アーセナルのDF陣のインサイドのハイクロスの跳ね返し力の高さを踏まえれば、グラウンダーを自由に入れさせない間合いまできっちり詰めることを優先するという判断も理解ができる。
クロスに関してはアーセナルの左サイド側である程度キミッヒに自由に上げさせてしまったことが大きい。マルティネッリはサネへのダブルチームを優先したため、キミッヒは非常にオープンになりやすかった。スピードに乗ることができたらサネも冨安に勝つ場面もあったし、先に挙げたクロス殺法は生かせる土壌はあったということだろう。
追いかけるアーセナルだが、ポゼッションはU字になりWGにはダブルチームが突かれてしまい打開策が見えてこない。ライマー相手に時折ターンを決めるウーデゴールは時折違いを作り出していたが、前を向いた後の選択が慌ててしまいなかなか光が見えなかった。
ジェズス、トロサールと前線をリフレッシュしてもプレスのエンジンはかからず。ミンジェ、ウパメカノという交代カードを切って後方を固めるバイエルンに対して、アーセナルはなかなかチャンスを作ることができない。
オフザボールが死んでいなかった右サイドから最後のチャンスを狙うアーセナルだったが、最後の望みをかけたクイックリスタートのFKとCKは共に不発。ミュンヘンの地で無得点に終わったアーセナルの今年のCLは準々決勝で幕を閉じることとなった。
あとがき
バイエルンは見事だった。SHに攻守に託したミッションはアーセナル対策として機能しており、王道をベースに対策を入れ込むというバイエルンというチームの特性とトゥヘルという監督の資質の掛け合わせが見事。そのプランを実装したイレブンも素晴らしかった。特に中盤より前の面々。
というわけでアーセナルのCLの旅はここで終わりである。アルテタが試合後コメントで認めている通り、アーセナルは7年ぶりにCL出場するクラブであり、このラウンドを勝ち抜くためにはいろんなものが足りなかったということになるだろう。もちろん、足りないものはあった。単純にこの試合に向けたフィットネスは物足りなかったとは思うし、そういう状況ではハイプレスを基調とする強度を上げた得意なプランは効きにくかったように思える。
ただ、強調しておきたいのは強度の高いハイプレスは2024年のプレミア躍進の決め手にもなっているということ。大一番で機能しないからといって、じゃあこれを捨てましょう!となってしまえば、単純に今季ここまで勝ち点を積み上げるための強みを捨てることにもなる。
「要所で切り札として出せばいい!」という意見もある。ただ、開幕から飛ばしまくっていた昨季と異なり、今季はむやみやたらにプレスを乱発する試合はかなり減っている。すでに要所で出すプランには手をつけ始めているのが今年のアーセナルである。バイエルンとのCLもアストンビラとのリーグ戦もアーセナルにとっては「要所」であり、この3試合全てはフルスロットルでは戦えなかったというのが今季の学びにはなるだろう。
今のアーセナルの弱みを挙げるとすれば、試合の流れを握った時間以外でのゴールが少ないことだろう。押し込まれているのにワンパンチが刺さる!というケースは少ない。先にペースを握ることが来て、その流れに乗って得点になるというケースの方が圧倒的に多い。
そうした状況を回避するには手数が少ない状態でも得点できるチームを作ること。異分子のような存在を獲得するのが一番手っ取り早いだろうか。この180分ではマルティネッリにその役割を託したかったように見えたが不発だった。ただし、新しいものを組み込むことは何を失うこととも隣り合わせ。異分子がハイプレスに適応できなければ、先に述べた通り今までのアーセナルの強みは失われることになる。
負けるとファンやチームはは足りないものを探す。もちろん重要なことだ。それでも、今までアーセナルがどのようにここまで来たかは軽視できない。足りないもの探しは今まで築き上げてきた強みと睨めっこしつつ行うべきである。結果は出るに越したことはないが、すぐに結果が出なくとも進歩をしているのではあれば見守りたい。プロセスを組み上げている実感はそのチームの関係者が一番よくわかっているはず。足りないもの探しはプロセスと照らし合わせることを大事にしてほしいというのがここまでのアーセナルを見守ってきた一ファンとしての願いである。
試合結果
2024.4.17
UEFAチャンピオンズリーグ
Quarter-final 2nd leg
バイエルン 1-0(AGG:3-2) アーセナル
フースバル・アレナ・ミュンヘン
【得点者】
BAY:63′ キミッヒ
主審:ダニー・マッケリー