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レビュー
WGの守備基準を変える実験
代表ウィーク明けとしては非常に珍しい金曜開催のJリーグ。ACLシフトである。火曜日にマレーシアで試合を行う川崎がリーグ戦で2か月ぶりの勝利を目指してホームに迎えるのはFC東京。多摩川クラシコの等々力ラウンドである。
川崎にとってはC大阪戦、FC東京にとってはルヴァンカップの福岡戦と直近の試合では5バックを採用した両チーム。だが、この日はオーソドックスな4バックの並びに回帰しての対戦となった。
ただし、守り方までいつも通りだったかというとそういうわけでもない。特にいつもとの違いがあったのは川崎。並びこそ普段の4-3-3ではあるが、異なっていたのはWGの守備基準である。
これまでの川崎のWGの守り方は大きく分けて2つ。1つは外を切りながらCBにプレッシャーをかけつつ、後方のSBのカバーにIHを出していく形。
もう1つはシンプルにSBについていく形である。
しかしながら、この試合のWGの守備はどちらんjも当てはまらなかった。マルシーニョが基準にしていたのは東、そして家長が基準にしていたのは原川。川崎のWGはFC東京のCHを基準に守っていた。川崎の左サイドの方がより決まり事が明確だったように思う。FC東京の右側のSBである小泉に対しては瀬古がかなりはっきりと出ていく形になっていた。橘田も同サイドにスライドする形だ。
SBに対してIHが出ていくという形は一番上で図示した外切りパターンと同じじゃん!と思うかもしれない。しかしながら、細かいところで違いがある。共通点はSBにボールを届ければ保持側は自由にボールを運べそうなことだ。
では違いはどこか。外切りWGの場合は間接的にCBからのパスコースを消す形でSBへのマークを行っている。これを外すためのパターンは大きく2つ。相手のCBがWGの頭を超えるようなパスを蹴るか、中盤を壁にサイドに展開するかのどちらかである。
よって、外切りプレスの理想のパターンはWGが頭を越されない間合いまで寄せて、相手のCBのパスコースを限定しつつ、中盤の縦パスに狙いを絞りボールを刈り取ることである。
逆に言えばWGが適切な距離を保てなかったり、あるいはGKを使ってビルドアップする相手であれば、WGの頭を越すパターンは消すことができない。そうなれば、川崎のIHはボールが出た後にSBにスライドをする必要がある。
一方で、この試合のように初めからインサイドにWGが立つパターンでは相手のCBがSBに届ける選択肢は明確。CB→SBの形で受ける側は狙い撃ちをすることができる。
相手の選択肢が絞れるのであればこちらのプランの方がいいじゃない!と思いそうだが、CB→SBのパスはWGの頭を越す必要がないので、グラウンダーでスピードがあるボールをつけることもできる。よって、川崎の中盤には物理的に移動するスピードが求められることとなる。シミッチがスタメンを外れた理由はこうした物理的な移動速度に欠けているからかもしれない。
さらに言えば、グラウンダーパスをつけることができるので、浮き玉でタッチラインを超えてしまうようなパスミスは起きにくく、相手のミスを誘発しにくいという側面もある。そういう意味では一長一短だろう。
さて、ではこの試合で川崎はインサイドにWGを置くプランを使った結果何が起きたか。中央にWGを置くメリットはあまり享受できなかったなというのが正直な感想である。
きっちりとインサイドでマーカーがハマっている時はIHのスライドが間に合っていた。だが、FC東京の中盤は自分が捕まっていると思えば、動きながら振り切ろうする。家長やマルシーニョはそうした動きに献身的についていけるキャラクターではない。
よって、中央から縦にあっさりと進まれる形も多かった。10分の形がその展開。家長とマルシーニョが縦関係を作ったCHに自由を許し、アダイウトンのマークの受け渡しが中盤とバックラインでうまくいかず、リズムよく縦に繋がれる。
中盤がサイドに出ていくケースは外切り以上に多いため、バックラインと中盤のマークの受け渡しの難易度は高い。IHは相手のSBを基準におかなければいけないので、外に開く立ち位置になることも多く、そうなればアンカーの脇に縦パスを刺すスペースも開くだろう。マークを外すことが多いWGがいる中でこうした構造はリスクになる。
縦にポンポン繋がれてしまう形は時間がなく受け渡す判断はとてもシビアになるため、このシーンのような大南と中盤のマークの受け渡しのズレは起きやすい。序盤はアダイウントンが背後への駆け引きを好んで行っていたから尚更だ。
初手でのズレが発生する不具合を止められておらず、相手の保持に対して攻略の余地を与えてしまったのが、この日の立ち上がりの川崎の守備のプランだった。それでもFC東京はWGもSBも大外レーンを使う機会が少ないため、そこまで困ることはなかった。バックラインが狭く守れるため、普段が苦手なミドルシュートをガンガンブロックに引っ掛けていたのが印象的だった。
FC東京は左サイドから打開策を見つけかけることはできていた。マルシーニョと比べても家長の守備は怠慢なところがあるため、こちらのサイドの方がマークが外れやすい。そうしたマークのわちゃわちゃを利用して渡邊は抜け出すことができていたのだが、いかんせんゴール前でのプレー精度が低く枠内シュートを飛ばすことすらままならなかったのはFC東京の攻撃にとっては計算外だったと言えるだろう。
ゴミス起用の意義は?
川崎の保持でまず目立ったのはやはりデビュー戦となったゴミス。体を張ったポストプレーで相手のラインを下げつつ、ファウル奪取やポストプレーから打開を図っていく。
瞬間的なキレはそれなりに感じはしたが、ゲーム体力の部分はやや不満が残るというのがデビュー戦の評価になるだろうか。この部分はゲーム勘なのか、あるいは単純な加齢のところなのかはわからない。
しかしながら、マルシーニョの裏抜けと共に前進の重要な手段として役に立っていた。今の川崎のCFは彼のように体を張りながら相手のDFラインの高さを決めるような振る舞いができるタイプの方がいいのかもしれない。
後方のビルドアップ隊はFC東京のアンカー受け渡し形の4-4-2に対応。プレビューで説明したような2列目のボールサイドへの極端なスライドは見られることはなく、FC東京は左右にバランスよく4-4-2を配置。この辺りは直近のリーグ戦とFC東京の傾向が変わった部分だ。
川崎は降りてくるIHを壁としてバックラインやアンカーをフリーにするメカニズムが成り立っていた。無理なターンで前を向こうとしないのはトップにアダイウトンというカウンターのスペシャリストを置くFC東京相手には賢明だった。
FC東京は大南に比較的ボールを持たせる意識はあったが、大南にはとりあえずゴミスに当てておけばOKっていうメンタリティでプレーしていた感があったので、いつもよりも手詰まり感は少なめ。山根も躊躇なくサイドから斜めのパスを差し込んでいたため、この2人は基準点型のCFがいることで恩恵を受けていると言っていいかもしれない。
中盤のパスワークも比較的スムーズ。3人のCHに家長、山根、もしくは登里の誰か1人が組み込まれる形で中盤は4枚になることが多かった。FC東京のトップ下である塚川の左右に人を置くので、中盤は恒常的に川崎の数的優位。その分パスワークは安定する。
ただし、FC東京は縦のパスに対してのチェックは怠っていなかったので、川崎の中盤での数的優位がそのまま中盤の攻略に繋がっていたかと言われると疑問符がつくところ。サイドのトライアングルユニットはFC東京を外すことができなかったし、頼みのゴミスとマルシーニョも時間の経過とともに存在感が消えていく格好となった。よって、前半はどちらのチームもチャンスが少なく妥当なスコアレスでハーフタイムを迎えた。
一瞬の輝きで奪う先制点
後半、FC東京は前線のプレスの意識を強化。仲川がCBにプレスに行くシーンがあるなど、マンツーで捕まえる意識からゲームのテンポアップを狙う。
中盤での数的優位が消えた川崎はボール保持の安定感を喪失。試合はわちゃわちゃした展開になる。ただし、それがFC東京の優位に繋がっていたかというと別問題。プレスの強度は上がったFC東京だが、奪った後のプレー精度がついてこなく苦しむことに。
頼みのアダイウトンも川崎のCBのチェックがスムーズになったことでなかなか前を向けず。特に大南は奪った後の素早い前線の縦パスで迷いなくCFにつけるなど、奪ってから攻撃に転じるまでの一連が冴えていた。
奪った後のボールの落ち着かなさが際立つ展開になる後半。そうした中で一瞬の閃光のようなプレーで川崎は先制点を奪う。ボールを持ち出して小泉を引きつけた脇坂は素晴らしい助演男優賞。実質、マルシーニョが森重と1on1を作れた段階で川崎はだいぶ優位を取れたと言えるだろう。ドリブルの方向を細かく変えるマルシーニョに森重は体の向きがついていけずに振り切られることに。森重を振り払って独走したマルシーニョがそのままゴールを決めて、今季外国籍選手の初得点をようやく手にした。
追いかけるFC東京もリードした川崎もここからは積極的に縦パスを差し込んでいく展開に。家長のパスミスからのカウンターを除けば、アダイウトンが前を向けずに苦しんでいるFC東京。縦パスの差し合いは相手を背負えるゴミス→ダミアンのリレーを行った川崎の方が有望だったか。
というわけでFC東京は俵積田を入れた左サイドから攻めに行く。だが、この試合はことごとくプレー精度に苦しむFC東京。クロスはなかなか刺さらず、クロスがようやく通ったかと思えば仲川がハンドで台無しにしてしまう。
交代で入ったジャジャ・シルバとペロッチも降りてきてのプレーを試みるが、下手にボールを失ってはファウルを犯すなど不調が続く。ペロッチには終了間際に大南のマークを外しての決定機が訪れたが、山根の戻りによって阻止。最後まで持ち味を出せず。
断っておきたいのは川崎もFC東京を明確に凌駕できるほどの精度はなかったということ。ダミアンに当てる以外での前進の方策は最後まで見つけることができなかったし、アタッキングサードでの光るものも特に見られなかった。逃げ切り勝利を掴むことができたが、上位になかなか進出できない理由は残してしまった内容だったと言えるだろう。
あとがき
この試合のトライの内容はコンセプトも含めて微妙なところ。やはり前線の規律から守備を組むというのは今の川崎ではなかなか難しい。仮に家長を外したとしてもマルシーニョとダミアンorゴミスのコンビは前進には欠かすことができず、彼ら2人のところから保持型のチームに崩される余地は残されている。守備では中盤に負荷をかけつつ、前線は前進のスキームを優先して選ばざるを得ないというのが川崎の現在地なのだろう。
ただ、選手、監督のほっとした表情を見ると内容が乏しくても勝利を掴むことの重要性を感じる試合だった。ACLを前に弾みがつく勝利を手にできたことは大きい。一瞬の光で川崎が勝利を掴んだのは両軍が精度に苦しむこの試合の決着としては相応しい気もする。椎名林檎も閃光少女では「今日現在が確かなら万事快調よ」と歌っているので、椎名林檎基準で言えば川崎は万事快調ということだろう。
試合結果
2023.9.15
J1 第27節
川崎フロンターレ 1-0 FC東京
等々力陸上競技場
【得点者】
川崎:54′ マルシーニョ
主審:池内明彦