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レビュー
2つの生命線でチャンスを掴んだ川崎
積年の悲願達成まではあと一つ。苦しめられたベスト8の壁を破った川崎は一気にタイトルに手をかけるファイナルまで駆け上がってきた。迎え撃つはサウジアラビア勢の総大将と言ってもいいパフォーマンスで大会を席巻しているアル・アハリだ。
川崎は基本的には準決勝のアル・ナスル戦に近い守備の基準を構築。ミドルゾーンにコンパクトな4-4-2を形成。前線は大関、神田、伊藤から脇坂、エリソン、マルシーニョに入れ替わっていたが、やり方としては踏襲する形となった。
セットプレーのチャンスこそあったアル・アハリだが、序盤は低調でのスタート。3分に高井が無謀な持ち上がりにトライしたシーンは背後へのパスが乱れてしまいチャンスを逃す。
さらには自陣での組み立てでも噛み合わない場面が。CHの2枚が縦関係になる形の3-1型のビルドアップがアル・アハリの主流だったが、この形で川崎の陣形を歪めた際にも正確なパスをつなぐことができずに苦戦。逆に片側サイドに川崎に誘導されてしまい、縦に進めるパスをカットされる場面もあった。
川崎は保持でも悪くない入り。ロングボールからエリソンがボールを収め、落としを脇坂や山本が拾っていく。逆に家長はあまりボールを収めることができなかった。対面のアリオスキはこういった家長のようなタイプを抑えるのはそこまで得意ではないと思うので、もう少し体を寄せながらボールを収めて欲しかった感がある。
ボールを拾うと展開は左サイドに。マルシーニョにミドルゾーンからアタッキングサードへの進撃は任された感がある。マルシーニョはタイトなマークをしてくる対面のマジュラシにはかなり苦戦していたが、10分にはファーストタッチで外して一気に進撃するなど武器を見せつけてチャンスメイク。エリソンへのロングボールとマルシーニョの突破。この2つが序盤を見る限りは川崎の生命線だったと言えるだろう。
攻守に解決策を見つけるラスボス
序盤の流れが変化したのは10分が過ぎたところ。右のSBのマジュラシが列を上げてマルシーニョの背後でボールを受けたあたりからだろう。右サイドはこういった構造的なズレから前進を狙っていく。ハーフスペース、大外をマフレズとマジュラシ、時々フィルミーノでシェアすることでパスを受けやすい方から前進していくイメージ。川崎の前線の守備はアンカーの位置に立つケシエを徐々に開けるようになっていたので、ケシエで河原を釣り出すと、その背後のハーフスペースは開くケースがあった。
構造的な選択を迫る右サイドに比べると左サイドはゴリ押し。トニー、ガレーノといったアタッカー陣は盤面的には相手に捕まっているように見えても引きちぎることができる馬力を持っている。図解では説明できない突破からチャンスを作ることができるのがこの2人である。
展開が変わったのは川崎の非保持の局面だけではない。徐々に保持の武器も刺さらなくなるように。マルシーニョと対峙するマジュラシは突破されて以降は完全に間合いを読み切ったようで、マルシーニョに駆け引きを許す前に距離を詰めることで封殺。後半も含めてマルシーニョがこれ以降対面を出し抜いたと言えるシーンはなかった。
エリソンへのロングボールはアル・ジョハニに挟み込まれるようになりボールが収まらない。21分のシーンでは山口がエリソンを目掛ける長いボールを蹴ったが、この場面ではCBがハイラインをキープすることでリスクヘッジをきっちりと行っている。
奪われた時のことを考えれば、こうしたリスクヘッジは当然のこと。しかしながら、CBが開いた状態で相手のプレスを誘引して陣形を縦に間延びさせることはこうした挟まれる機会を回避するためのものでもある。何度も使いまわしてごめんな、名古屋。

もちろん、決め打ちでロングボールを蹴るのであればリスクが上回るとは思うが、低い位置でのポゼッションでエリソンが挟まれない状況を作れれば話は別。エリソンへのロングボールを解放するにはこの場面では低い位置からの繋ぎでアル・ジョハニの守備の意識をもう位置を前に向ける必要がある。
この場面での川崎はそれができなかった。挟まれるのならば!ということで裏を狙う意識は間違ってはいないと思うが、圧力を受けている状態でボールを安全に捨てているというだけでそれが何かのチャンスにつながるシーンはほぼなかった。
エリソンのロングボールを封殺したのはアル・ジョバニ、マルシーニョとのマッチアップで優勢に立ったのはマジュラシ・外国籍チームと揶揄されるアル・アハリだが川崎の攻撃を封殺し、リズムを引き戻すキーマンとなったのはどちらもサウジアラビア人選手というのはなかなかに興味深い。
陣地回復とミドルゾーンからアタッキングサードへの侵入の両面で苦しむ川崎。まず、陣地回復を目論むのであれば手前のビルドアップで中盤を自陣側に引き寄せる必要がある。佐々木はそのプレーに果敢にトライしたが、そのロストからの一連のプレーで失点。ガレーノの素晴らしいシュートがネットを揺らす。アーセナルファンとしては1年前と同じ位置でよりエグい軌道のミドルを決められたなという印象だった。
この失点シーンと近い場面が28分手前にあった。この場面の対応が28分が正解とするのであれば、おそらく失点シーンでガレーノの位置を埋めるのは河原だろう。CH2枚がスライドしてハーフスペースを埋めるのが流儀である。河原は逆サイドからボックス内に入ってきたマジュラシを気にした分、逆サイドへの出張が遅れてしまった感がある。
だが、まぁこのシュート自体は多少寄せたくらいでは防げた類のものかは不明。それくらいスーパーなシュートであった。だからこそ、不用意なロストで自陣の守備が整わない材料を作ることは避けたかったところ。しかし、先に述べたように佐々木のアクション自体は苦境の打開を模索する方向性としては痛いほどよくわかるので、このトライをなんでやねん!というのも苦しいという感じである。
前半のうちにアル・アハリは追加点。川崎の左サイドユニットの守備の乱れを利用し、ボックス内に飛び込んだケシエがゴールを奪う。この場面の要因は明白。膝を負傷した三浦の治療で一時的に川崎が10人になっていたことが大きい。
試合後コメントで三浦が触れていたように10人の時間を短くするための判断ができていれば景色は違ったかもしれないし、長谷部監督は異なる配置をやるべきだったという対応の方向性を悔やんでいる。いずれにしてもスクランブルな数分を凌ぐことができなかったのは確かであり、川崎は重たい2点のビハインドを背負うこととなってしまった。
ライン間を広げるきっかけは見つけるが・・・
後半、川崎はエリソンに代えて山田を投入。直近の試合では神田が起用されていたが、ここでは山田。理由を推察するのであれば、前半に警告を受けていたデミラルを退場に追い込むイメージが湧くのは神田よりも山田の方かもしれないなとは思った。
川崎の後半の入りは悪くはなかった。守備では同サイドの封鎖が効いていたし、それに対応するアル・アハリの背後を狙う雑なロングボールは前半のような丁寧にかけており、あまり敵陣に迫ることができていなかった。
川崎はここぞとばかりに自陣から繋いでいきたいところだが、ファン・ウェルメスケルケンのインサイドに入り込むプレーがミスにつながるなどイマイチ流れに乗り切れない。ショートカウンターのきっかけになるという意味でも少し怖い対応だった。
自陣からのキャリーをスムーズに済ますことができても、敵陣での崩しも理想通りにいかない川崎。瞬間的にアル・アハリのブロックが空くケースはなくはなかったが、すぐに他の選手が埋めてしまうということであまり効果的ではなかった。
業を煮やした家長が降りるアクションを始める。左サイドの奥を取るサポートという意味では悪くない動きだったが、自陣でのパスを咎められてカウンターのきっかけを作られるなどこれも効果的ではなかった。
それでも川崎は左サイドで少しずつきっかけを掴むように。左のハーフスペースでのライン間、ちょうどケシエの背後に入り込む脇坂をアル・アハリがあまり捕まえられなかった感がある。逆サイドへのファン・ウェルメスケルケンへのクロスは後半の最も色濃いチャンスのシーン。しかしながら、クロスはやや長くかつ相手に寄せられていたこともあり、ファン・ウェルメスケルケンのシュートは外に流れてしまう。
ちなみにこのシーンでファン・ウェルメスケルケンに寄せたのも、先のシーンで降りてくる家長を潰したのもガレーノ。あのシュートを決める選手がこうしたプレーを抜かりなくこなすのだから、紛れもなくUCL次元のプレー基準と言っていいだろう。
川崎は使えそうだったケシエ周辺を狙う形を強化するために大関を投入し、脇坂をボランチにスライド。均質的にトップ下に入ることができる脇坂を一列下げつつ、幅広く動ける大関でライン間を制圧しようという流れだろう。
70分には狙い通りに低い位置でボールを持つ脇坂にケシエが釣られる形になり、ライン間の大関に縦パスが通る。アル・アハリは交代でヴェイガをフィルミーノの位置に入れたが、特に前からのプレスを強化する様子もケシエの穴を埋める様子もなし。このあたりのミドルゾーンの守備は1週間で3試合を同じスタメンで戦ってきた疲労感を感じるものだった。
しかしながら、なかなかこのゾーンから決め手となる最後の1/3の攻略を成し遂げることができなかった川崎。最後のジョーカーとして起用された山内は率直に言えば残念なパフォーマンス。86分のシーンで裏へのパスが流れてしまったのは仕方ないとして、その後の棒立ちはいただけない。
この場面は絶対にそのままボックス内に入ってくる動きをする必要があるところ。百歩譲って(2点ビハインドで山内のポジションの選手が優先すべきかは怪しいが)守備に備えたポジションを取るにしても、もう少し中央に立っていた方がネガトラの対策にはなるだろう。何にしても出したら終わりというような棒立ちがこのシーンでは気になるのだ。
おそらく、山内のスルーパスでボールがタッチを割った後に山田と大関が右サイドを向いて大きく叱責している素振りをしているのは山内がその動きをしなかったことについてだろう。山内も手を上げてリアクションしている。
山内が先発した京都戦で気になったのはこうしたプレーの連続性のなさ。フリーランをしてボールが出てこなかったら終わりというプレーのぶつ切り感である。脇坂(こうした連続性の権化のような選手だ)はもちろんのこと、大関と比べても物足りない。このプレー1つで今の序列に自分は納得がいってしまった。
山内はベンチを外れたり、他の選手が起用されて結果が出なかった際に「なんでこの序列なんですか?」「使われてもいいと思いませんか?」という質問がとても多く飛んでくる選手。卓越した推進力のあるドリブルはそれだけ多くのファンを魅了しているということでもある。だけども、このACLでのプレーが散見されるようでは序列は上がってこない。彼自身のキャリアのためにもここは克服しておきたいところだろう。
最後の一押しが効かなかった川崎。ラスボスであるアル・アハリの壁に跳ね返されて積年の悲願はお預けとなった。
あとがき
大舞台でこれだけ多くの試合を経験できたことはチームとしても選手としても間違いなくプラスになるだろう。その一方で今の川崎はリーグ戦で安定した結果を出すことのできないシーズンが続いている。ACL-Eは今後は天皇杯経由ではなくリーグ上位に出場権が与えられるため、またこの舞台に帰ってくるためにはリーグ戦を上位で終える必要がある。「確率が低い」という言い方が正しいかは別として、決勝以前に出場権を得るために多くのハードルがあることは事実だ。
多くの選手の成長を感じる大会だったし、若い選手にも経験を積むことができた大会ではある。だが、国内の舞台においてはまた毛色の違う相手が立ちはだかることになる。ACLでいい流れを掴んだ大関、伊藤、神田、山本といった選手たちはその流れを途切れさせないことが重要になる。サウジアラビアを肌で感じた経験をベースに、目の前に相手に勝つことを探る。また帰ってくるために、この舞台に立つために必死になって日常を過ごしていきたい。選手の皆さん、スタッフの皆さん、お疲れ様でした。
試合結果
2025.5.3
AFC Champions League Elite
Final
アル・アハリ・サウジ 2-0 川崎フロンターレ
キング・アブドゥッラー・スポーツシティ
【得点者】
ALA:35′ ガレーノ, 42′ ケシエ
主審:アブドゥルラフマン・アルジャシム