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レビュー

マイルドな撤退守備

 試合は衝撃的な幕開けだった。デザインされたキックオフからボーンマスはあっという間に先制。右サイドへ展開するキックオフに合わせるように、中央には数人がエリア内に攻め込む。エリアに上がったクロスはソランケとガブリエウのマッチアップを通り、足元に入ったビリングが決めて見せた。ボールを保持する前にボーンマスがネットを揺らすというアーセナルファンにとっては非常にパンチの効いた立ち上がりだったといえるだろう。

 よって、この試合のボーンマスの元々のプランがどのようなものだったかはわからない。ボーンマスの初めての守備機会はボーンマスがリードした状態で迎えたものだったからである。

得点後のリスタートからは5-4-1でブロックを組んだボーンマス。このチームはブレントフォードのように徹底したベタ引きの守備でも結果が出せるようなチームではない。相手によっての振れ幅は小さく、自分たちのペースをきっちりと出したいチームである。

 そうしたボーンマスのスタンスは多くの時間をリードした状態で過ごしたこの試合でも垣間見えた。バックラインは隙があれば押し上げる、大外のWGとの1on1は受け入れる。この日の立ち上がりのボーンマスはアーセナル相手に撤退型の5バックを敷いてきたチームとしては比較的マイルドで攻め入るスキがある部類に入るといえるだろう。もっとも、彼らなりの全力ブロックが結果的に「マイルド」になっただけなのか、はたまた1点リードの状況でそうした遊びを進んで残しているかはわからない。

 よって、アーセナルは立ち上がりから順当に反撃に出ることに成功したいえるだろう。サイドからはサカがラインをコントロールする仕掛けをしながら、相手のDFを押し下げてエリア内にスペースを作る。苦し紛れに対応したボーンマスが前方に送ったボールはトーマスによって回収。波状攻撃から再びチャンスを迎えるという流れだった。

 いうまでもなくこうしたスタンスはボーンマスのスタイルが影響しているところがある。WGにダブルチームを付ければ、サカはより自由にボールを動かすことは難しくなるし、ラインを上げるという色気を見せなければ、アーセナルにはセカンドボールを回収した時に裏を突くという選択肢はなくなるだろう。ボーンマスのそうした素直さにアーセナルは立ち上がりから反撃のチャンスを与えることにつながっていた。

各地で出始めるぎこちなさと強靭なソランケ

 序盤のブロック守備攻略のフィーリングは悪くなかったアーセナル。しかしながら、時間の経過とともに徐々に怪しさが見えてくるようになる。まず、大きかったのはトロサールの負傷である。狭いスペースを苦にしないコントロール、周りが抜け出すタイミングを図れる横へのドリブル、そしてパンチ力のあるミドルシュート。トロサールが備える長所はいずれもブロック守備の攻略には必要な武器である。それを失ってしまったのは当然痛手となる。

 これにより、アーセナルはマルティネッリをインサイドに移動。大外にスミス・ロウを配置する。左サイドの面々は実戦では初顔合わせに近い。ジンチェンコ、ヴィエイラ、スミス・ロウという負傷者と新戦力で組み合わされた左サイドがなかなか呼吸が合わないのはある意味当然といえるだろう。誰がどこのレーンを使うのか、そしてある選手がボールを持った時にどのように動くのかという相互理解はあまりできておらず、戸惑い気味だった。。

 マルティネッリを大外に置くという形はある意味1つの基準になる。だが、スミス・ロウはそういったタイプではないし、ジンチェンコもレーンに縛ることで良さは目減りする。即興での連携はなかなかうまくいかないのは仕方ない。時間の経過とともに少しずつ、互いの理解は深まっていったように見えたが、パス交換からの抜け出しなど、撤退守備の決め手となるサイド攻撃はなかなか出てこなかった。

 中央に入ったマルティネッリも苦しむ展開だったといえるだろう。CFにはエリア内に我慢してほしい展開だったが、多少降りても自由に受けられる状態からダイナミズムを発揮したいマルティネッリのようなタイプにとってはCFとしてはあまり歓迎できない展開だった。

 右サイドにおいてはやはり冨安とサカの連携の部分だろう。冨安はそんなに下手な動きをしているわけではないのだが、もう少し保持に関してはアクションが欲しいところ。特にサカを追い越す頻度はこの展開とこの相手であれば上げていきたい。

 冨安個人に関してはファーへのクロスに関しては光るものもあった。この部分はもともとアーセナルが「ファーへのクロス→折り返し」という形が得意ではないこともあって、なかなか実を結ばなかった。ファーへのクロスを使った崩しに関してはブロック守備の攻略手段としては必修項目の1つ。今後確立していく必要がある部分なのは間違いないので、冨安がこの部分を意識していること自体は正しい方向性だろう。

 やはり問題はニアの抜け出す動きの頻度と、抜け出した後のマイナスのクロスの精度だろうか。SBの抜け出しはエリア内のスペースメイクに必要だし、クロスの精度はスペースを活用するスキルとして必須。40分過ぎの抜け出したシーンはバッチリ決めておきたかったところである。

 ボーンマスが厄介だったのはブロック守備構築よりも前線のキープ力である。少ない機会でありながらボールが入ると確実にキープするソランケは脅威だった。アーセナルのDFを吹っ飛ばすような馬力はないけども、逆にアーセナルのDF陣のアプローチに対してビクともしない。体幹、鉄でできてるのかよって思った。ビリングとのコンビは凶悪で20分手前には決定機を作り出す。

この日のボーンマスのシュートはたった4本だが、いずれも枠内シュート。機会は少ないが、前進した際にはいい形を作っているというボーンマスの印象と合致するスタッツといえるだろう。

 そんなこんなで試合は停滞。ラインを下げてもソランケで時間を作れることが分かったボーンマスは中盤をより低い位置まで下げることにより、時間経過とともにリトリートの色を濃くしていく。多くの時間を使い少しずつチャンスの糸口を削るためのアプローチをしているアーセナルと、わずかな機会を得点のチャンスとして最大化するボーンマスは実に対照的な形でこのゲームに取り組んでいた。

歓喜の31本目

 後半のアーセナルは冨安に代わってホワイトの投入。もちろん、投入の意図は最後の1/3での貢献度だろう。懐古主義の古参と怒られてしまうかもしれないが、近年のアーセナルのRSBの中では攻撃においても明らかにできるほうに分類される冨安がHTに交代させられてしまうのはなかなかに感じるところがある。

 アーセナルのSBに求められる攻撃水準はジンチェンコとホワイトによりこの1年で一変してしまった。一変したから悪いというわけではなく理解できる自然な流れであることが興味深い。撤退守備攻略に彼らの貢献が欠かせないのはアーセナルファンの多くが実感しているところだろう。そして、ティアニーと冨安はこの部分に苦しんでいるように見える。

 複雑な問題をはらんでいるチームにおいて、多くの問題が整理されてくると向上すべき部分がくっきり見えてくるというのはよくある話のように思う。今年のアーセナルのようにこれまで気にならなかった部分が気になるようになる(昨年は冨安の攻撃参加についてはとやかく言われることは多くはなかった)というのは、それだけチームが前に進んでいる証拠ではないか。アーセナルはだいぶ前に進んだ。

 選手の気持ちはわからないが、何から手を付ければいいかわからない状況よりも、今のように取り組むべき課題が整理された環境の方がシンプルに課題と向き合えるのかなと想像する。自分は冨安にもティアニーにもまだまだ期待している。2人とも実直で聡明で自分の課題に向き合える強さがある選手だからである。

 話を試合に戻そう。アーセナルはホワイトを使い、アタッキングサードにおけるサイド攻撃の改善に取り組む。前半の項では触れなかったがボーンマスはトーマスの管理が甘く、トーマスから縦パスが入るたびに内側に陣形がきゅっと閉まるようなリアクションを見せる。よってアーセナルはインサイドへの縦パス→外への展開で十分に大外から崩しのスペースを作ることが出来ていた。ホワイトの投入はスペースがあるサイド攻略の部分で効いていたといえるだろう。

 一方でボーンマスは前向きさを復活させる。ソランケのキープとワッタラのファウル奪取で陣地回復を行うと、攻撃完結時にはボーンマスはかなり陣形を押し上げるように。撤退の優先度もそこまで高くなく、前からロスト後の奪回にもトライしていたので、アーセナルは自陣からのカウンターからチャンスを迎えるという前半にはあまりなかった状況を迎えることもあった。

 どちらのチームも得点の可能性が少し高まった後半。先にスコアを動かしたのはボーンマス。セットプレーからニアに入り込んだセネシが追加点を奪う。アーセナルはトーマスが置いていかれてしまい、唯一空いた選手を使われてしまった格好である。

 セットプレーで苦杯を舐めたトーマスがセットプレーから面目躍如のプレーを見せるのはそれから5分後のことだた。クロスに対して前線のファーサイドに走り込んだトーマスのシュートは相手に当たりながらもそのままゴールに突き刺さる威力。クリスティアン・アツへの追悼のまたとない機会を見送り、ボールを抱えてセンターサークルに戻るトーマスの姿にはグッとくるものがあった。

 さらに得点を狙うアーセナルは左サイドにネルソンを投入。スミス・ロウがインアウトの形になったのはコンディションの面なのか、IHとWGのコンビは利き足違いという部分を崩したくなかったのは不明である。個人的には利き足違いにしたいイメージはわかるけど。

 大外で相手と正対しながら止まるというスキルをもっているネルソンの投入は左サイドの攻撃の向上につながった。WGにとって止まった状態でプレーできるかどうかは非常に重要な要素である。縦への抜け出しとインサイドへのカットインを両方見せることができるネルソンのスキルは止まった後のDFに大きな迷いを与えることができる。

 同点ゴールのアシストは中央のトーマスがボールを持つことによってボーンマスの守備がキュッと中央に圧縮されたシーンからだった。大外のネルソンは大外ながらも比較的インサイドのレーンから抜け出しを行い、エンドライン際から逆サイドのホワイトにライナー性のクロスを送る。2人の交代選手が求められた役割を果たし、アーセナルは同点に追いつく。

 同点ゴールからはしばらくじれったい展開が続く。サイドからの崩しはかなり前半と比べればボーンマスの脅威になったが、GKとDFの間に転がるグラウンダーのクロスはボーンマスのDFが徹底して体を張って阻止。ネトも適切な飛び出しからきっちりと流れを寸断し、落ち着かせることが出来ていた。

 粘るボーンマスの守備を破るのに、アーセナルはラストプレーまで待つ必要があった。左足でネルソンが放ったミドルは実に31本目のシュート。これが逆サイドに突き刺さる形でネットを揺らし決勝点になる。

 多くの我慢が必要な展開において、多くの我慢と努力を重ねて来たであろうネルソンが試合を決めるというのはアーセナルファンにとっても感慨深いはずだ。ヘイルエンドの最高傑作と謳われるネルソンが放った左足のミドルは間違いなくこの日の「エミレーツの最高傑作」と呼ばれる一発として、多くの人の記憶に長年刻まれることになるだろう。

あとがき

 モノトーンな展開とじれったい攻撃、そして劇的な幕切れ。こういう試合でマッチレビューが果たせる役割はとても少ない。またしても先制点を許してしまったことや、セットプレーからの失点など課題はある試合ではある。でも、そういうのを脇にひとまず置いて、ひたすらゴールシーンを見て感慨に浸るような試合があってもいいかなと思う。いずれにしてもアーセナルファンにとって素晴らしい夜になったことに疑いの余地はない。

試合結果

2023.3.4
プレミアリーグ 第26節
アーセナル 3-2 ボーンマス
エミレーツ・スタジアム
【得点者】
ARS:62‘ トーマス, 70’ ホワイト, 90+7‘ ネルソン
BOU:1’ ビリング, 57‘ セネシ
主審:クリス・カバナフ

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