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「FIFA World Cup QATAR 2022 チーム別まとめ」~スペイン代表編~

目次

第1節 コスタリカ戦

■波乱続きのカタールを黙らせる衝撃の大勝

 2強2弱というグループの構図は早々に崩れたグループE。ドイツには続きたくないスペインの初戦はプレーオフを制してカタールにたどり着いたコスタリカである。

 コスタリカのフォーメーションは4-4-2。2トップでアンカーを受け渡しながら後ろは4-4ブロックで守るというやり方でスペインを迎え撃つ。スペインはサイドから大外を基準にポゼッション。両サイドでトライアングルを作りながらコスタリカの攻略に取り組んでいく。

 コスタリカの4-4ブロックの中で異質だったのは左のSHであるベネット。ブロックの中からかなり早い段階で飛び出し、スペインのバックラインを捕まえに走る。その分、後方のブロックの負荷は増大。SBのオビエドが孤立するという状況を招く。

 そうしたキャラクターが不在なコスタリカの逆サイドはむしろCHのスライドが気になる部分。同サイドに閉じ込めるという観点で言えば、そのスライドは正解なのだけど、スペインほどのスキルを持っているチームならば簡単にサイドから脱出できてしまう。

 「ボールが蹴りにくいのかな?」と思うほど、この大会はここまで長いレンジのパスがスムーズではないチームばかりだった。しかしながらこのスペインは別格。ミドルレンジのパスを使いながらサイドと中央を器用に移動させてボールを操っていた。

 スペインが攻略の狙い目にしたのは左サイドからの横パス。すなわち、コスタリカのCHがスライドするサイドである。その分、空いているバイタルに待ち構えているのはアセンシオを軸に、横パスをこのエリアでフリーで受けることでPA内侵入の足がかりにする。

 1点目、このエリアに侵入してみせたのはガビ。相手に引っ掛けながらもダニ・オルモの先制ゴールをアシストしてみせた。2点目はアセンシオがミドルでこの位置から沈める。スペインは20分足らずであっさりと2点リードを奪ってみせた。3点目はPK。デュアルテのトリッピングでスペインにPKが与えられる。

 サイドを起点に自在な出し入れを行い、即時奪回で敵陣でプレーし続けたスペイン。前半のうちに日本に続くアップセットの可能性を完全に潰した状態でハーフタイムを迎える。

 コスタリカは前半の途中から5-4-1に移行。ミドルゾーンである程度構えながら我慢しようとするが、奥行きを使いながら裏抜けを増やすスペインにとっては大した問題ではない。広がるMF-DFのライン間は自在に使えるし、コスタリカのバックラインはオフサイドを取るのに苦労していたからである。

 ならば!と後半はワイドのCBが迎撃を強化するコスタリカ。しかし、これはコスタリカがラインを整える難易度がさらに上がっただけ。パスの受け手を捕まえたとしても、問題なくワンタッチでいなしてしまうスペインにとってはこのコスタリカの迎撃はそこまで大きな意味がない。左サイドでコスタリカのバックラインを誘き寄せたスペインはサイドを変えて、フェラン・トーレスがこの日2点目となるゴールを決める。

 ここからは完全にスペインのゴールショーという展開と言っていいだろう。5点目はガビが才能を世界に示すスーパーなボレー。ゴールなしでもスーパーであることを示し続けた若武者が、掛け値なしのスーパーゴールで自らの価値をさらに高めてみせた。

 以降は主力を休ませながら、コンディションに不安のある選手のテストを積極的に行っていくスペイン。右サイドから感触を確かめるように裏抜けを繰り返していたモラタは印象的だった。

 ソレール、モラタが得点を決めてゴールショーの幕を閉じたスペイン。圧巻の7ゴールと、コスタリカにシュートを許さなかった支配力で完勝。波乱が続いていたカタールの舞台を黙らせるように、世界にその実力を改めて知らしめてみせた。

試合結果
2022.11.23
FIFA World Cup QATAR 2022
Group E 第1節
スペイン 7-0 コスタリカ
アル・トゥマーマ・スタジアム
【得点者】
ESP:11′ ダニ・オルモ, 21′ アセンシオ, 31′(PK) 54′ フェラン・トーレス, 74′ ガビ, 90′ ソレール, 90+2′ モラタ
主審:モハメド・アブドゥラ・モハメド

第2節 ドイツ戦

■プレスの開始位置が主導権を決める

 グループEどころか、グループステージ48試合の中でも最注目と言っていいカード。ドイツにとっては日本がコスタリカに敗れたことで、予選突破に再び希望が灯った形での一戦となった。

 立ち上がりからボールを持ち続けたのはスペインの方である。アンカーのブスケッツこそ、常にギュンドアンにマークされる状況ではあったが、その分CBには時間がある形。バックラインからボールを繋ぎ、サイドにおいては三角形を形成。ドイツ陣内の深い位置までポゼッションを行いながら、ボールをロストすると即時奪回。ずっと自分たちのターンを続けてみせる。

 スペインのハイプレスのポイントはドイツのホルダーに対してマイナス方向に帰陣しながらきっちりと挟むことが多かったことである。一般的に即時奪回の目的でまず挙げられるのは素早いショートカウンターへの移行。高い位置で奪うということで、敵陣深い位置で相手の守備者が少ない人数の中で素早く攻略をしてゴールを陥れるという方向性になることが多い。

 ただ、スペインに関してはハイプレスはボールを握り直すことや、相手の進撃を止める意味合いが強い。無理にショートカウンターまで行かなくても、ボールを奪い返しさえできればきっちりと自分たちのサッカーに持っていくことができるということだろう。その分、人数をかけても奪い返す。アタッカーが前に残らなくてもボール奪取後にポジションを整える時間を作れば問題がない。

 ドイツはなかなか自陣から脱出できない立ち上がり。ボール保持に関してもバックラインにプレスがかかっている状態で前進する隙を探るかきっかけを見つけることができない。日本戦でも見たようにムシアラなどは前を向ければ多少強引でも前進はできるが、スペインの即時奪回はそれを許さない立ち上がりだった。

 しかしながら、ドイツにもチャンスがなかったわけではない。ドイツ陣内に押し込んだ時のボール保持に関しては明らかに分があったスペインだったが、自陣側でのボール保持は思ったよりも余裕がない。特にサイドからウナイ・シモンにボールを戻す際には時間がないことが多く、苦し紛れのキックがドイツに渡りショートカウンターになることも多かった。

 よって、この試合の優劣を決めるのはスペインがプレスを受けるエリアである。スペインが一度敵陣にきっちり押し込めば、バックラインを活用してもドイツが簡単にボールを奪うことはできないが、スペイン陣内でドイツがプレスのスイッチを入れた時には一気に苦しくなる。前半の終盤は敵陣後方でボールを奪うことができていたドイツのペースだったと言っていいだろう。

 後半もメインとなるトピックスはドイツのプレスの開始位置である。ドイツが敵陣深くでスイッチを入れてマンマークで追いかけ回すことができるか、スペインがCBがオープンでボールを持てる状況まで押し返すことができるか。その部分のせめぎ合いであった。

 後半で少し気になったのは前線にボールが入った時のスペインのプレーである。特にアセンシオにボールが入った時にアバウトでもゴールに向かう動きを挟むようになった。不確実なゴールチャンスより、確実なポゼッションを選ぶ方が彼らのスタンスからすると自然。アセンシオのこの立ち上がりのスタンスはスペイン基準で言うとやや不自然なものだったと言えるだろう。

 よって、この時間帯はやや縦に速いプレーの応酬が見られるようになった。試合のテンポが早くなったら躊躇なく敵陣までスピーディにボールを運ぶようになったドイツからすると、この部分では十分に勝算があるということだろう。

 陣取りゲームの様相で不利になりかけたスペインは前線にモラタを投入。右サイドの裏抜けを中心に、陣地の押し下げに貢献する。モラタはフィニッシャーとしても活躍。フリーになったブスケッツから左サイドを加速させるパスが通ると、最後は折り返しをモラタが押し込む。ズーレに対して明らかに一歩先の動き出しができており、オフザボールの動きに定評があるモラタのスキルとスペインのポゼッションとが見事に融合したゴールと言えるだろう。

 スペインは以降はボール保持を優先。ドイツは失点シーンにも代表されるように先発メンバーで引っ張り続ける中盤のプレスの機能性がやや低下したように思えた。フレッシュなトップが前に出ていっても、中盤がついていけないシーンが目立つようになる。

 しかし、交代したアタッカーが躍動するのはスペインだけではなかった。ドイツの交代選手の中で目立ったのはザネ。右サイドからの横ドリブルに裏抜けを合わせる形でゴールへの導線を切り拓く。同点ゴールのシーンでこの動きを見せたのはこちらも交代で入ったフュルクルク。相手の背中を取る動きと豪快なフィニッシュの組み合わせで試合を振り出しに戻してみせる。

 スペインからするとラポルトのキャリーがミスになったのは痛恨。フリーでボールが持てていた選手からの不安定な展開で、連勝を逃したことは彼らにとっては苦しいところだろう。

 保持で試合を殺しきれなかったスペインに牙を向いたドイツ。依然グループ最下位ながらも、最終節に向けての逆転突破が十分視界に入る勝ち点1を奪い取ることに成功した。

試合結果
2022.11.27
FIFA World Cup QATAR 2022
Group E 第2節
スペイン 1-1 ドイツ
アル・バイト・スタジアム
【得点者】
ESP:62′ モラタ
GER:83′ フュルクルク
主審:ダニー・マッケリー

第3節 日本戦

スタメンはこちら。

■前線の守備の優先事項は?

 他会場の結果を当てにしない!という前提に立てば日本に残されたのは勝利の道のみ。厳しい条件で迎えたスペイン戦は当然のようにスペインの保持が中心の状況で進んでいく。

 日本の5-4-1はミドルゾーンでスペインのポゼッションに対して構える。まず、スペインのボール保持に対しての日本のプレスのスタンスはCBはとにかく放置すること。パウ・トーレスとロドリのCBにはある程度持たせても仕方がないという方針だった。

 その代わり、日本が大事にしたことはブスケッツ、ガビ、ペドリの3枚を幽閉すること。前田はブスケッツが前を向けないようにすることを優先していたし、久保や鎌田がスペインのDFラインにチェックに行くのは日本の中盤がスペインの中盤を管理できていると確信できてからである。

 よって、久保と鎌田という両シャドーにとっても優先順位はインサイドを閉じることである。そうした日本のプレスの方針もあり、スペインはCBだけでなくSBもボールを楽に持つことができていた。

 スペインからすると、保持でサイドを変えることも無限にパスを回すこともできる状態。ただし、中盤を封じられているのでボールを前に進めるためには工夫が必要である。

 というわけで動き出すのはスペインのIH。ボールサイドのIH(下図のペドリ)は降りる動きで対面の日本のCH(田中)にどこまでついて来れるかを試す。逆サイドのIH(ガビ)は日本のボールサイドと逆のCH(守田)の脇に構え、スペインのCB(パウ・トーレス)からの対角のパスを待ち受ける。

 パウ・トーレスはこうしたバックラインからの配球にはうってつけのCB。バリうまCBである。同サイドと対角を使い分けることができる足元を有している。日本が苦戦したのはどちらかといえばガビに向けた対角パスの方。ガビは谷口に捕まらないようにポジションを探るし、谷口は潰せるタイミングであれば前に出ていって迎撃する。ガビが谷口との距離感を測るのに成功し、フリーで前を向くことができれば日本は撤退を余儀なくされ、スペインはアタッキングサードに入り込む。

 日本からすれば同サイドのパスを防ぎにペドリをケアしていたところに、ガビまでのパスを通された格好。スペインはこうした守備側の狙いを外すためのポゼッションを仕込むのが抜群にうまい。ズレを作り出すための主役がペドリとガビである。それだけでなく、スペインは前線からモラタとオルモも降りるチャンスを狙いながらボールを受けにくる。これも守備側の狙いを外すための「バグ」の一種である。

 同サイドのCHをケアすればOK!というスタンスが通用しなくなりつつある日本はだんだんと自陣に押し込まれるようになる。アタッキングサードにおいてはサイドのトライアングルで大外を基準にハーフスペースの抜け出しと、マイナス方向のサポートを用意するのが十八番。誰がどこを使うかが決まっていれば守る側も対応が楽なのだが、これを大外とサポート役を入れ替えながらできるのがスペインの強みである。

 その上で、この日はオルモの外を回るバルデのフリーでの突破や、ウィリアムズの1on1での仕掛けなど、選手の個性による上乗せ要素がある。スペインのベースとそれに上乗せした部分に日本は自陣で耐えなければならない。

 そういう意味では右サイドのマイナス方向から上げられたクロスからの失点は頭を抱えたくなるものだった。モラタの巧みな動き出しに板倉と吉田が翻弄されたのは確かだが、ここは同数であればきっちりと防ぎたいところ。個性というよりもベースで簡単に破壊されてしまった印象だ。日本はスペインのジャブでリードを許す先制点を与えてしまった。

■痺れを切らしたプレス隊が前進のきっかけに

 リードをスペインが奪ったことで状況は変わる。ただし、変わったのは盤面というよりは両チームの思惑である。この日の日本のプランはスペインがサイドを変えたり、あるいはボールをただ回すことは許容するものである。しかし、このプランが成立するにはスペインが前に進もうと縦にパスを通すというチャレンジが前提が必要になる。縦にボールを入れる必要がなければ、スペインはいつまでだってボールを回すことができてしまい、日本がボールを奪うきっかけがないからだ。

 日本がボールを回すことを許容していたという構図は立ち上がりと変わらない。けども、先制点によってスペインがゴールに向かう優先度を下げるようになったことで、日本はボールの取り所をさらに見つけにくくなる。

 加えて、ボールを奪った日本は保持で起点を作るのに苦労する。スペインのプレスは即時奪回を施行して、前線からボールを奪い返しにくる。スペインの即時奪回が他のチームと少し違うのは、他のチームがショートカウンターに向かう事という得点に向かえることを意識してプレスを行うのに比べて、スペインはボール保持を取り戻せることを意識してプレスを行うことである。

 たとえ、取り戻す位置が低くなったとしても、またボールをつなぐことができれば自動的にボールとともに敵陣にもう一度迫り直すことができる。ゴールに直線的に向かう優先度は低いため、前線が前に残った状況にこだわる必要がない。よって、スペインの即時奪回は縦パスを捕まえた選手と前から戻った選手でサンドするケースが多い。

 自分がフットサルをやる際に「戻ってから休め」という声をボールロスト時に仲間にかけられることがある。スペインのプレスのイメージは「奪ってから休め」というニュアンスに強い。多くのチームがプライオリティを置いている奪った後に直線的にゴールに迫るという要素があまり含まれておらず、奪った後はまた整えるフェーズに入るのだ。

 スペインのスタメンの中でこの規律を維持するという点で怪しかったのは右WGのウィリアムズ。プレスバックをサボったり、挟めるところでマークを受け渡す対応をしたせいで日本からボールを取りきれないシーンがあった。鎌田がボールをキープできたり、長友が吉田からのロブパスを受けて前進できたのも、ウィリアムズの背後を狙い目とすることが多かったからだ。

 逆サイドは鬼だった。オルモのプレスバックは容赦無く、中央に逃げようとしたらモラタも挟みに戻ってくる。実質バルデの背後に一か八かの裏抜けを挑む形でしか勝負することができなかった。

 左サイドからきっかけは掴んだといえ、十分な前進の機会を掴むのにはままならない日本。スペインのボール保持の時間が大半を占める状態を変えることができない。このままでは無条件敗退。スペインはゴールに向かうチャレンジをしない。膠着状態が日本を焦らせていたのは想像に難くない。となると、動き出すのはプレス隊である。

 痺れを切らした感があったのは鎌田。トーレス→ロドリというスペインの横パスに対して、チェックに出ていくようになった。

 しかし、日本は鎌田の前からのプレスにいく!というプランを共有しきれていなかった。そもそも日本の立ち上がりのプランはスペインのDFラインは放置するという、後方に重心を置いたもの。そこから鎌田1人がプレスに行くだけでは後方に穴を開けるだけになってしまう。

 鎌田が前に出たことで、スペースを享受したのはアスピリクエタ。鎌田がケアしきれない場所からドリブルで前にボールを運べるようになる。スペインは日本が無理をしてきたルートから前進をしていく。

 右サイドでは田中碧が鎌田と同様にプレスに行くかどうかを思案していた。こちらのサイドでは久保、伊東、板倉が後方の受け手をケアしながらプレスに行けていたので、スペインのボールを下げさせることに成功することもあった。

 33分はその成功例の最たるものだろう。右サイドから田中がプレスに行くのを合図に、前田がウナイ・シモンまでプレスに行くことができる。ウナイ・シモンはプレッシャーを受けながらボールを捌くことがそこまでうまくなく、ポゼッションのミスからピンチを迎えることも少なくないGK。

 前田がシモンにプレスをかける!というシーンを作り出すまでには苦労していた日本だったが、この形を作ることができればプレスの手ごたえはある。33分のシーンではすんでのところでシモンにボールをつなぐことを許してしまう。なお、シモンからボールを受けたのは例によって鎌田の背後でフリーになるアスピリクエタであった。

 このように、プレスで前に出ていく際にはラインアップしながらの後方の迎撃が重要になる。日本は右サイドの田中碧を中心に部分的に前から捕まえに行くプランを採用するのだが、早い段階で迎撃部隊である板倉が警告を受けたのは痛恨だった。

 板倉を皮切りに谷口、吉田とCBが連続で警告を受けてしまった日本。試合を動かすためのプレッシングのプランにおいて重要な迎撃部隊に警告という足枷がついてしまったのは大きな痛手だ。前半を1-0で折り返したことは悪くはないが、追い上げに必要なプランに暗雲が立ち込めたことがなんとも不気味な前半だった。

■堂安のゴールがスペインに変化を迫る

 後半、日本は三笘と堂安を投入。それぞれ長友と久保のポジションにそのまま入る形である。

 おそらくはプレッシングを強化し、きっちりと相手を捕まえにいく!というプラン変更なのだとは思う。堂安の得点シーンは先に取り上げた33分のシーンのように、前田がシモンにフォーカスしたプレッシングを仕掛けることができていた場面だった。

 同点ゴールの場面で明確に変わったのは交代選手2人のポジションの振る舞いだ。前方のプレスには消極的だった久保に代わった堂安は左のCBのパウ・トーレスにチェックをかけていた。左WBの三笘もSBをチェックしに前に出てくる。前半の日本の泣きどころになっていた鎌田の背後のスペースに三笘がチェックに入る。

 両サイドでプレスの後方支援が入った日本。前半のようにシモンはSBを逃げどころにすることができない。右に出してもボールは返ってくるし、左に繋いだら伊東が迎撃する。

 前半は奪い取れなかったシモンへのプレスを成功させた日本は、ボールを奪うと堂安が左足を一閃。シモンのニアを抜き同点としてみせた。

 混乱に陥るスペインをよそに日本は畳み掛ける。右サイドの伊東へのフィードをキーに、田中の手助けを借りた堂安が右サイドでバルデと正対。同点ゴールのシーンがよぎったのか同サイドのCBのパウ・トーレスは堂安のカットインを警戒する場所に立ち位置をとっていた。

 スペインのバックラインはパウ・トーレスが堂安に引っ張られる分、立ち位置が左寄りになる。そうなるとファーサイドでWBの三笘が余ることになる。いわゆる大外→大外。カットインではなく縦に切り込んだ堂安がファーの三笘にボールを送ると、三笘はエンドラインギリギリでこれを折り返し田中碧が押し込んでみせた。日本は後半5分余りで一気にスコアを逆転する。

 選手交代で逆転した日本だったが、彼らの後半頭のプラン変更はやや読み取りにくい。というのは早々に堂安が得点という形で結果を出したからである。前田がシモンにプレスをかけられた際の約束事は前半よりも整理されたように思うが、そもそもどこまでリスクを承知で前から追い回すのか?とかどれくらいの頻度でリスクをかけるのか?についてはわからないまま。堂安の左足によって封印された疑問と言えるだろう。

 逆転したことで日本はすぐさまプレスを控えるようになる。つまり、サイドチェンジはご自由に!スペインは無限にボールを持てます!という前半の時間帯の焼き直しが始まることになる。前半のこの構図は日本に焦りをもたらされるものだったが、後半はリードされたスペインが積極的に動かなければいけない状態になる。

 しかも、スペインは前半に保持のバグとして機能していたガビとペドリの運動量が低下。バグを仕込めなくなったスペインは外を迂回する単調なボールの動かし方になってしまう。

 そうしたときに解決策となりうるのは大外に1枚剥がせるWGがいるかどうかである。つまり、スペインに三笘薫はいるか?という話だ。だが、スペインはどの選手も均質的に保持におけるタスクをこなすことができる代わりに、大外で待ち構える卓越した個がやや不足している嫌いがある。

 この試合でその役割を任されたのは左WGに入ったアンス・ファティ。しかし、同じタイミングで入った冨安が彼を完封。逆サイドにおいてはフェラン・トーレスを三笘が抑え続けるという時空の歪みのような光景で、日本がスペインの両翼を抑え続けた。

 スペインの希望の光となったのは中盤に回されたダニ・オルモと交代で入ったアセンシオ。運動量が落ちたガビに代わり、中盤に入ったダニ・オルモはスペインの新しいバグである。CFをベースとしながらも右サイドやや低めでプレーするアセンシオとともに、日本の左サイドを攻め立てる。

 アセンシオは右45度からミドルを狙っていくが、東京五輪でアセンシオワクチンを接種済みの三笘は体を投げ出してこれを防いでいた。ワクチン未接種+そもそもくたくたで動けない伊東がマークについた時は、アセンシオにミドルを許してしまうが、ここは吉田麻也のスーパークリアで事なきを得る。

 最終バグであるダニ・オルモの抜け出しには権田が飛び出してキャッチングという100点の対応に成功。日本を最後まで苦しめたアセンシオ&オルモのコンビをシャットアウトする。

 長すぎる7分の追加タイムをしのぎ切った日本。2強2弱と目されたグループEを首位で通過する金星をあげて2大会連続のグループステージ突破となった。

あとがき

■ゴールに『向かわない』か『向かえない』か

 まず、川崎ファンとして触れておきたいのは谷口彰悟がこの試合を90分やり切ったこと。等々力でニアでクロスを跳ね返していた日常がW杯でスペインを倒す金星に繋がっているのだから、サッカーは陸続きなのだなと思う。あの等々力が世界と繋がっているという感覚を多くの選手にもたらした谷口の功績はこれからの川崎にとっては計り知れない価値となるだろう。

 この試合のポイントは「スペインがボールを持てるけど、ゴールに向かわない」というこの試合の大半を占めた時間がどちらに有利だったかである。先制点を奪ったことでスペインが選択的に「無理してゴールに向かわない」という状況を選ぶことができた。

 ところが後半は日本がリードを奪ったことでスペインが「ゴールに向かいたいが向かえずに苦しむ」という時間を過ごすことになる。戦況自体は変わっていない。いずれにしてもスペインはボールを持つし、日本はボールを持たれる。だが、どちらがリードしているかによってこの状況を美味しいと思えるチームは異なる。どちらのチームにとっても、スペインがボールを握るというこの試合の『均衡』を自分たちに有利な状況に持ってくるのに苦しんだ試合と言えるだろう。

 モラタのゴール以降、『均衡』を自軍に引き寄せる仕事を両チームで唯一達成したのは堂安律である。スペインがボールを持ち、日本がそれを撤退守備で凌ぐというこの試合で最も長かった時間帯を左足一振りで自分たちに有利な状況に引き寄せたというのはこの上ない大仕事である。

 決勝ゴールを得て、攻守に汗かき役をした田中碧がMOMに相応しい働きをしたのも確かだ。全くもって異論はないし、川崎ファンとしても嬉しい。だが、堂安もまた彼にしかできない貴重な仕事を果たした勝利の立役者であることに疑いの余地はないだろう。

試合結果
2022.12.1
FIFA World Cup QATAR 2022
Group E 第3節
日本 2-1 スペイン
ハリファ・インターナショナル・スタジアム
【得点者】
JAP:48′ 堂安律, 51′ 田中碧
ESP:11′ モラタ
主審:ビクトール・ゴメス

Round 16 モロッコ戦

■モロッコのIH周辺を巡る駆け引き

 ベルギーとクロアチアの叩き合いを横目で見ながら無敗でグループFを首位通過したモロッコ。隣の死の組からはコスタリカをどれだけ殴れたかでドイツを追い落としたスペインがやってきた。

 ボールを持つことになったのは当然スペイン。モロッコはミドルゾーンにプレスを構えながら、スペインを迎え撃つ。モロッコの守備は決まり事がはっきりしていた。アンカーのブスケッツはトップのエン・ネシリが徹底マークでついていく。プレスに出ていくのはIHの2人。CBがボールを持った時には彼らが前に出ていき、片方が下がることで4-4-2気味の変形を行う。

 モロッコの中盤が気をつけていたのはプレスに出ていきすぎないこと。例えば、降りて相手を釣ろうとするペドリは徹底的に無視。動いていくのはある程度範囲を決めている感じ。動かされるのではなく自分で動いていく!という形である。

 モロッコは構えたところからツィエクへのカウンターを狙う形で入る。この辺りはグループステージでやったパターン。ボールを持つスペインと持たれるモロッコという構図で試合がスタートする。

 ボールを持ったスペインだが、やや攻めあぐねていたのも事実。ミドルゾーンでなかなか呼吸ができない。そうした中でキーになるのはSB。大外から押し下げる形を作り、敵陣深くまで入り込む。ジョレンテの起用の狙いはこの辺りにあっただろう。ボールタッチがややもたつき、非保持では危うさもあったが、起用の意図は理解できるものではある。

 面白かったのはブスケッツ。自らにエン・ネシリがマークについていることを利用し、中盤で吸収されながら消えることでエン・ネシリのプレーエリアを低くすることを選択。他の選手に組み立てを任せつつ、CBがプレーするエリアを確保していた。

 大まかな方針としては日本戦と同じだろう。崩しの決め手は見つからないけども、ボールを持ちながら支配しており失点はしなさそうな状況。だが、誤算だったのはモロッコがボールを持つことを確保できたことだ。

 バックラインはスペインのハイプレスにも関わらず、少ないタッチ数のパス回しを繰り返し前を向く選手を作ってボールを前に進めることができていた。中盤のフォローもさることながら、目立ったのはGKのボノを活用するビルドアップ。積極的にボールを受けると、ストンと落とすようなロブパスでSBのマズラヴィにボールを届ける。多彩なボールを蹴れるのか怪しくない?とか、左サイドにしか届けられないのでは?といった気になる部分もあるのだが、勇気を持ったビルドアップのスキルはモロッコのボール保持を助けるものだった。

 自陣からミドルゾーンまでボールを運ぶことと、逆サイドからの展開を引き取り大外に展開したマズラヴィと配球力と相手を背負ってもキープできる部分で存在感を見せたアムラバトの存在もビルドアップが安定した一因。

 敵陣深い位置ではブファルが好調で、対面のジョレンテを圧倒しつつ味方の攻め上がる時間を稼いでいた。ブファル、ツィエクというチャンスメーカーをワイドに抱えていたモロッコはスペインよりもゴールに迫るという部分ができていたように思える。

 健闘していたモロッコだが、後半はスペインが再びペースを握りなおす。モロッコの4-1-4-1→4-4-2へのシステムが変わる瞬間を狙いながら、モロッコのIHの背後のスペースを突いていた。特に機能していたのが左サイド。前半とは左右を入れ替えてこちらサイドを主戦場にしていたガビが、この位置で相手を惹きつけては出ていき、そのスペースにオルモが入っていくということを繰り返すことで穴を開けるシーンが出てくるように。

 スペインのこうした旋回に対して、徐々にモロッコは手を打てなくなってくる。循環をさせながら前を向く選手を作ることができていたスペインは前半以上にモロッコ相手にペースを支配する。

 少し気になったのはガビ→ソレールへの選手交代。出たり入ったりを高頻度で繰り返していたガビがいなくなることでスペインの旋回の頻度は低下。モラタの裏抜けとニコ・ウィリアムズの突破からモラタとオルモをターゲットにしたクロス主体のPAの迫るなどと少しテイストが違う攻め筋を見せるようになった。ソレールが入ってからは非保持が4-2-3-1気味になり、ソレールがアムラバトを捕まえるようになったのでモロッコの保持への対応なのかもしれない。だが、個人的にはその前の時間帯の方が攻め筋のフィーリングが良かった感じがするので、いい流れを手放してしまったかのように思えた。

 一方のモロッコも選手交代で機能性がやや低下。交代選手たちも奮闘してはいたが、左サイドでタメを作ることができるブファルの不在は痛かった。スペインのバックラインがハイラインに見事な対応をしていたことや、モロッコのプレスバックでスペインに速攻を許さなかったりなど、大概の守備陣の対応が見事だったこともあり、試合はスコアレスのまま延長戦に突入する。

 延長戦はスペインがボールを持ちつつ、モロッコがカウンターで応戦するという後半の流れが続く。この辺りでモロッコにボールを持たせなくなった!というのは流石のスペインではある。モラタの裏抜けでのデュエルも負傷交代者続出(サリスは最後まで残っていたが)のモロッコの最終ラインにとっては悩みの種だった。

 試合はスペインが支配するが、モロッコがカウンターで抵抗。決定的なゴールチャンスは両チームそこまで変わらずという展開は延長戦も継続。GKが両者好調だったこともあり、120分間両チームにゴールが生まれないまま試合はPK戦を迎える。

 PK戦ではワンサイドな展開だった。スペインとしてはPK戦要員として入れたであろうサラビアの失敗は痛かった。コースとしては際どいところを狙うことができていたが、シュートはポストに弾かれる。サラビアはPK戦突入直前に試合を決める決定機を僅かに外してしまっていたので、そうしたメンタル面での影響はあったのかもしれない。

 1人目が失敗したことでスペインは勢いに乗れず。経験豊富なブスケッツまで雰囲気に飲まれてしまった。1本目のスペインの失敗でボノが自信を持ってセーブできるようになったからだろう。試合を決めたハキミのキックに代表されるようにPKを先に決めたことでモロッコはキッカーが軒並みリラックスして試合に臨むことができていた。

 スペインは3人すべて失敗という衝撃的な結果で終戦。PK戦を制したモロッコが史上初のベスト8進出を決めるという快挙を達成した。

あとがき

 いかにもスペインらしい散り方だったと言えるだろう。ボールを持つ、相手の攻める機会を取り上げる、だけども決め手がない。日本にリードされた後もそうだし、モロッコ戦の後半以降もそう。かといって崩し切ることを捨ててアバウトに傾倒したとて、得点の確率が上がることがないのは辛いところ。ワイドで勝負できるアタッカー不在とモラタ以外のストライカーの計算が立たなかった!というリソース面での不安があることは補強ができない代表にとって不安である。とはいえ、良くも悪くも彼らはブレないだろうけども。

 モロッコはミドルゾーンでスペインの保持を迎え撃ったというプランは日本と同じ。日本とやや違ったのは深追いするかどうかで焦れずに普通にラインを下げていたことである。先制点を奪われていたとはいえ、日本はスペイン相手でも前に出ていかなくては!という鎌田とそれ以外でギャップができていたのが気になった部分だった。

 モロッコがその部分に迷いがなかったのはボール保持でも陣地回復できる余裕があったからだろう。他局面での優位が違う局面での落ち着きをもたらすという意味で興味深かった。

 先のラウンドにおいては負傷者が気がかり。バックラインが代わった分の危うさは感じるパフォーマンスだったので、輝かしい活躍を見せた中盤より前がこの試合のように攻撃面で展開を牽引することでカバーができるかがポイントになる。

試合結果
2022.12.6
FIFA World Cup QATAR 2022
Round 16
モロッコ 0-0(PK:3-0) スペイン
エデュケケーション・シティ・スタジアム
主審:フェルナンド・ラパリーニ

総括

■DNAの分野では疑うことのないナンバーワン

 ある程度ブロックを組むことに定評があるコスタリカ相手に大量得点でスタート、懸念となるストライカー不在の不安は早々に払拭されたかに思われるなどスペインのスタートは上々だった。

 ボール保持からの即時奪回をコンボとしたスペインの支配力はドイツや日本相手にも十分に牙をむいたといっていいだろう。淡々としたポゼッションの中で中盤で移動を繰り返すガビとペドリは相手の基準点を乱すことに貢献をしていたし、神出鬼没のダニ・オルモはEUROと比べても明らかに存在感を増しているなど個人のインパクトも十分だった。

 しかしながら、得点を奪うという部分で決め手になる部分が見当たらないのが痛恨だった。実質得点を取るための手段は中盤で作ったズレを淀みなく敵陣まで運べた時に限っており、そこまで運べたケースはいくらスぺインと言えど稀である。

 そうした苦しい状況を産んでしまったのはやはり頼れるストライカーの不在だろう。モラタのパフォーマンス自体は比較的高いレベルだったのだが、あくまで前線のアクセント止まり。得点源としての働きを彼に期待することはそもそも厳しい感じがあるし、それ以外の選手が入ればMFが1人増えた色が強くなってしまう。

 さらに状況を苦しくしたのが大外におけるアタッカーが実質不在だったこと。日本戦が非常に顕著だったが左のアンス・ファティはおそらくここで起用したい選手ではないだろうし、右のフェラン・トーレスは汗かき役としては優秀な一方、三笘との1on1を制せないようではノックアウトラウンドでボールを預けて何とかしてもらうことを期待するのは無理がある。

 リズムを刻むようにパスをつなぐことはできるし、選手を多少入れ替えてもそうしたリズムを継続できるのは彼らの代表としてのDNAを感じる部分。ルイス・エンリケのいうように代表のスタイルの根差し方でいえば彼らが一番であることに相違はない。

 だが、W杯は代表のスタイルの根差し方を競うものではなく、勝利を目指してゴール数を競うもの。スタイルが失われていないからこそ、4試合中で3試合を勝てない状況に陥ってしまったことは重たい。早々と敗れた列強の中で最も舵取りが難しいチームの1つのように思える。

Pick up player:ダニ・オルモ
スペインに求められるポゼッションにおけるスキルを満たしながら、個性を乗っけることが出来たという意味では彼が一番ではなかっただろうか。中盤にコンバートされた日本戦の終盤で最もゴールを脅かした恐怖は簡単にはぬぐえない。

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