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「森保流の強者の立ち回り」~2021.7.31 東京五輪 Quarter-final U-24日本×U-24ニュージーランド マッチレビュー

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目次

レビュー

■同じ目的、異なる手段

 『森保監督って同じ戦い方しかできないよね』

   代表戦のたびに持ち上がる話である。この『同じ戦い方』という言葉の定義にもよるのだが、下記の記事で振り返った通り、グループステージにおける日本の戦い方は試合ごとに異なっている。

 保持の局面でのそれぞれ異なる解決策を見出した南アフリカ戦やフランス戦に対して、メキシコ戦はプレッシング主体での奇襲を敢行。相手次第によってやり方が変わるのは当たり前ではあるが、そういう意味では日本は『同じ戦い方』ではないことになる。

 一方で『同じ戦い方』という言葉を否定できないのは、やり方は異なっても打ち出したい強みは同じに収束するから。その観点でいえば、森保監督の日本は『同じ戦い方』といえるということである。速攻、遅攻(2つの局面の精度に差はあるが)問わずに久保と堂安を中心とした2列目のテクニックを軸に崩すために戦い方をころころ変えているといっても過言ではない。そういう意味では森保監督の日本は『同じ戦い方』であるということなると思う。

 もう一つ、森保監督が取る作戦の中で共通項といえる部分がある。それは『先手必勝』であること。メキシコ戦のハイプレスはその代表例だろう。あのプレスは90分やり続けられるわけがない。効いているうちに点を獲り切った日本の作戦勝ちである。

   遡ればそもそも森保監督が広島時代に優勝した3つのシーズンは必ず先制点を獲った試合で20勝以上している。先手必勝は森保監督におけるアイデンティティの1つといえる。この五輪においても、2列目を活かすという手段にたどり着くために、試合ごとに異なる一工夫を凝らしているというのがここまでの戦い方の総括といえるだろう。

 ニュージーランド戦に目を向けた時にその『一工夫』に当たるのは旗手怜央のSB起用だ。第1節の南アフリカ戦における森保監督の交代策の失敗の象徴である。SHとして有用であることを示したフランス戦以降の論調でいうと『仮にSB起用されるとしたら三笘とセットで保持に傾倒する場合』というのが基本線だったはず。自分もそう思っていた一人である。

 しかしながら、この試合で旗手は相馬と縦関係を組みSBとして先発に名を連ねる。その狙いはニュージーランドのプレスの落ち着きどころだ。彼らが採用した5-2-1-2は日本の中央を締めるものだった。3センターはマンマーク気味に日本の中盤を捕まえ、特にトップ下であるガーベットは常に遠藤を近くにおいている状態だった。

 その分、時間を与えられていたのはSB。ニュージーランドのWBは前に出ていく意識が薄かったため、日本のSBには保持における余裕が与えられる。旗手はこの部分で効いていた。マンマークで捕まっている中盤にカットインするように切り込んでいき、中の選手を空けるプレーで中盤の息苦しさを脱出。1枚引き付けて内のプレッシャーをやわらげることで、中盤で呼吸をすることに成功する。

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 逆サイドの橋岡は時間を与えられた分、持ち上がってスルーパスなどを試みてはいたが、さすがにこの部分は旗手の方が1枚上手。仮に、中山が左SBとして先発していたら、橋岡と同じように保持の局面での引き出しが少なく、日本は両SBでより手詰まりになっていたかもしれない。

 わからないのはニュージーランドにとって、5-2-1-2は基本のフォーメーションではないということ。過去の試合データを見る限り、彼らは3-4-3をベースに中盤からプレッシャーをかけてくるチーム。となると陣形的には必ずしもSBに時間を与えてくるわけではない。5-2-1-2はどちらかといえば中央で縦に早く進む日本対策の色が濃い。したがって、時間を与えられることを読み切って旗手を起用したのだとしたら、ニュージーランドの日本対策を読み切って外したことになる。本当にそこまで読み切ったのかは中の人しかわからないけど。

■達成されなかった勝ち筋

 しかしながら、旗手起用におけるデメリットはある。シンプルに高さの部分と南アフリカ戦で見せた守備の脆さの部分である。その部分を補うのが相馬だろう。自陣の深い位置まで下がることで旗手と競り合う選手の落としへのカバーリングに入ったり、逆サイドの堂安が高い位置に残ることとのバランスをとるために自陣に下がったりなど、自サイドのSBのフォローと逆サイドのSHとのバランスのために奔走した。

 正直に言えば、この試合の相馬の攻撃でのパフォーマンスは『悪くはないがもう一声』という印象。旗手との縦の連携は攻撃面では構築できなかったし、1on1でも相手を抜くところまではいっても、最後のクロスの精度で決定的なチャンスを生み出せなかったように見受けられる。

   だが、それでも現状のコンディションでいえば三笘よりも1対1での期待値は高いし、守備の局面でこういった役割を背負うならばそもそものキャラクターとして相馬の方が適性がある。たとえ、旗手との攻撃面での連携やラストパスに十分でない部分があったとしても、この試合において相馬を使うことは正解だったように思う。

   なにはともあれ、旗手をSB起用し、相馬で手当てすることでこの試合の保持におけるバランスを見出した感のある日本。ビルドアップにおいて旗手で時間を作った先に見せた光はCHのデュエルのスキルの高さである。この試合の遠藤と田中はボールを受けた後、相手選手とボールの間に自分の体を入れるようにしてボールをプロテクトしながらターンし、パスやドリブルのコースを作るのがとてもうまかった。

   旗手が中央に入りこんだことで中盤に受け渡しの必要が出てくるニュージーランドだが、その受け渡しの部分で遠藤と田中が相手を出し抜くことで前進への活路を見出すことが出来る。

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 そして、終着点は右サイド。この大会で何度もチャンスを作り出している右サイドでの連携はこの試合でも有効。遠藤や田中を軸に素早くボールを運べた時は特に効果は大きい。遠藤が迎えた決定機のように、ボールを動かしながらニュージーランドの最終ラインの高さに対する主導権を握れた時は、撤退時は中を締めているニュージーランドに対して決定機を作ることが出来ていた。

 ただし、この日本の前進のメカニズムはあくまでニュージーランドが高い位置からプレスに出てきてくれることが前提にある。徐々に出ていくことをやめたニュージーランドに対して、日本は好機を作れない状況に陥っていく。したがって、森保監督が示した一工夫による勝ち筋はこの試合でも片鱗が見られたが、それによって先手必勝の礎になる先制点までたどり着くことが出来なかった。というのが前半の日本の総括である。

■決定機を生む条件を作れないニュージーランド

 ニュージーランドの保持はロングボールが主体。ロングボールの受け手であるクリス・ウッドのにくいところは、動かずにロングボールのターゲットの的になるのではなく、走りながらロングボールを引き出すところ。所属チームのバーンリー同様、自陣の深い位置から攻撃がスタートすることも少なくないニュージーランドでは、重心を上げるためにキープしながら時間を作るのではなく、スペースメイクをしながらロングボールを受ける。

 これにより相手の守備陣は陣形を崩しながら対応しなければならない。しかも、ウッドへのロングボールに対して、味方のストライカーがサポートに入るので、守備側にとってはこれにも対応しなければならずに厄介なことになる。

 ウッド自身はスピードがあるわけではなく、彼よりスピードがあるCBは多いのだが、腕の力が強いのか抜け出しに対して体を入れながらの並走はベラボーに強いため、スペースへのボールへの走り合いの勝率は悪くない。28分の攻め方はウッドを活用した攻撃の一例といえるだろう。これに対しては日本は粘り強く対応し、事なきを得ていた。

 ニュージーランドの遅攻は形は大幅に変えない。日本がこれに対して、重責を課したのはSH。中央は3センター相手にがっちりハメることを優先していたため、SHに3バックのワイドへのアプローチとWBへのアプローチを兼務させていた。

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 フィッカデンティの教育の賜物で相馬がそういった守備の高負荷に耐えられることはすでに述べた通り。一方で、堂安にはその負荷を背負い続けるのは難しい。時折、久保とポジションを入れ替えながら、重い守備の任務を折半していたのが印象的だった。

 ニュージーランドが遅攻で決定機を作るための条件は、サイドからフリーでクロスを上げて、内側に数人の受け手がいる状況を作り出すこと。しかし、先述のようにSHに高負荷を課した日本の守備に対して、独力で1枚を剥がせるタレントがいないニュージーランドはそういった状況を作り出せない。前半に迎えた唯一の決定機は大きく逆サイドに振ることで日本のサイドの守備が甘くなった部分を突くことが出来た場面である。そのシーンを除けば、SBをつり出しながらクロスを上げることがそもそもできなかった。

■配置で勝ち筋が見えたニュージーランドだが

 風向きが変わったのは51分。負傷交代に伴い、ニュージーランドが5-2-1-2⇒4-3-1-2に布陣変更したタイミングである。この保持の方針転換でニュージーランドはビルドアップによる解決策を見出すことが出来るようになる。

 日本の守備の肝を振り返ると『中央では中盤がかみ合った状態を維持すること』『サイドでは(SHのハードワークにより)SBがつり出されないことである。

 4-3-1-2になると、まず、日本は中央の2枚(久保、林)でニュージーランドの2CB+アンカーを監視しなければいけない。特に中盤で噛み合った状態を維持するならアンカーを離すわけにはいかない。そうなるとCBのカバーにSHが出てくる頻度が増える。ニュージーランドはCB⇒SBへのパスを通せば、日本のSHの裏を取ることが出来る。

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 こうなると日本はSBが出ていくことになる。ニュージーランドはこの動きに対してIHをサイドに流す動きを合わせることで日本のSBが出ていったスペースに侵入。前半出来なかったSBのつり出しに成功することで、フリーでクロスを上げるという目的を達成することになる。

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 仮にSHが出ていかないことをスタートとするならば、日本は中盤中央での数的不利を解決しなければならない。トップ下も含めれば6人の中央のニュージーランドの選手に対して、日本は4人で対応しなければならなくなってしまう。

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 日本の中央でのプレスが空転しだしたのはこれが大まかな理由。前半のニュージーランドの攻撃を防いでいた原則がシステム変更によって崩壊したからである。

 一方で、ニュージーランドもこのシステムを長い時間維持するのは難しかった。攻撃をもし止められてしまえば、飛んでくるのは日本のカウンター。前半よりも少ない人数でタレント的には優位な日本の攻撃を止めなければいけない。優勢に攻めてはいたものの、警告の枚数の多さを考えれば90分間この仕組みを維持するにはなかなか無理があったように思う。

 加えて、保持面においても空いたスペースに動く運動量の低下と共に、敵陣への侵入の頻度は徐々に減るように。日本もSHの重心を下げることとCHのスライドで徐々に局所的な優位を消すことに成功してくる。日本が開始早々の勝ち筋を逃したように、ニュージーランドもまた50~70分までの間に得点が取れなかったことで勝ち筋を逃したといっていいだろう。

■前後分断における堂安の役割

 ニュージーランドの優勢が消えつつある時間帯において、森保監督は特に手打ちを見せなかった。交代カードの多さを見ても、90分で決めきるというよりは延長戦に入ってもいいから負けないことを優先したように見える。カードの切り方もその一因。板倉や中山を田中や相馬に代えていれたのは攻撃面での縦パスの配球役やSHのサポートの部分では物足りないが、サイドからクロスを上げさせないための守備やセットプレーも含めた空中戦の強さを考えれば『負けないため』の交代策としては十分に理解が出来るもの。

 一方で攻撃陣に期待していたことは前後分断された中、少ない人数で決めきることだろう。交代で入った三笘に中山のサポートは期待できないため、引いて受けた堂安から大きなサイドチェンジを飛ばすことで広いスペースで勝負する機会を与えることに成功する。これは90分では見られなかったプレーなので、おそらく堂安に託された特命と予想する。

 ただ、堂安がそれが出来たのは数回。残りの時間はSHという持ち場に戻れなくなり、代わりに上田がサイドのスペースを埋める場面も。三笘のサポート役としての役割を果たせず、久保と合わせてトップ2人に守備のエネルギーがない人を残すのはマイナスが大きすぎるとなった段階で交代したのは当然である。

 三笘もなかなか本調子ではないのだろう。120分フル出場となったステンスネス相手を振り切れず、上田のシュートをおぜん立てした一本以外は貢献度が高いプレーを見せられなかった。

 前後分断を受け入れることで負けないながらも残したアタッカーが結果を出せなかった日本。PK戦までもつれた試合は守護神・谷と交代選手主体のPKキッカー(挙手制だったみたいだけど)の活躍で日本が準決勝進出を決めた。

あとがき

■強者ゆえの打ち手を脱せるか?

 これまでの試合で見られた多くの問題点はこの試合に挑む前の段階に抱えていた問題がほとんどであるし、歴代の日本代表でも解決できなかったことでもある。ハリル解任後のJFAの動きを考えると、むしろこういったピッチ内における柔軟性や撤退守備の規律、保持の局面における相手の動かし方などに目をつぶりながらも、日本の今の強み(=2列目のアタッカーを軸に即興性ある攻撃で相手を翻弄すること)を伸ばすために森保さんを監督に呼んだと思うので、そこの責を森保さんに問うこと自体が正しいことなのかはわからない。問題はもっと手前の話のように思う。

 ただ、これまでの日本の振る舞いで共通するのは強者の戦い方であるということ。自分のコンセプトを貫くために前半から飛ばしていく動きもそう。そして、この試合ではそれが得点に結びつかなかったことで、交代策を後ろに引き伸ばしつつ、負けない措置を後出しで入れつつ個のアタッカーの質に祈った。これも相手の質に対して自軍の質が上回っているからこそである。

 このコンセプトの上に成り立っているのがヒエラルキーを重視した選手起用である。強みとして最大化したいのが個のアタッカーの質なので、この道理に乗っかるならば久保と堂安の併用や、彼らが途中交代で下がる優先度が低いのは当然である。それによって、生じる歪みは周りの選手の気遣いによって解決する。自軍低い位置まで下がる相馬や、堂安が戻れなかったときにSHの位置まで下がった上田が気遣い側の代表格にあたる。

 いいか悪いかは別として、森保監督のコンセプトとこの試合の選手の起用は大きく違うものではなかった。自分がツッコむところがあるならば、堂安の交代をもう5-10分早めて、交代選手を三好ではなく前田にするくらいだろうか。

 繰り返すがここまで森保監督が成功しているのは個の質の高さをベースにした先制パンチを食らわせるという、強者の戦い方がハマっているから。ブラジルやスペインにそのやり方が通用するかといえばおそらく難しいだろうし、ノックアウトラウンドで調子を上げているであろうメキシコに二度目が効くかもわからない。傍から見るともう1つ変身を残していないと、メダルへの道は厳しいように思えるが、その策は日本に残っているのだろうか。

試合結果
日本 0-0(PK:4-2) ニュージーランド
県立カシマサッカースタジアム
主審:イスマイル・エルファス

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