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レビュー
■左サイドは引き伸ばす
川崎からすると延期試合シリーズ第1弾。ミッドウィークに開催される第20節延期分はサガン鳥栖とのホームゲームである。
鳥栖といえばインテンシティの高さを活かした高い位置からのプレッシングを行ってくるのでお馴染み。川崎のビルドアップ隊は毎回時間がない中で苦労させられている印象だ。この試合においても鳥栖は高い位置からプレッシングを仕掛けてきていた。しかし、川崎は鳥栖のこのアプローチに対して非常にうまく対応していた。
理由を探る前にまず鳥栖の守り方から振り返って行こう。この日の鳥栖は4-2-3-1である。川崎に対するハイプレスの定義としてはとりあえずCBとアンカーの3枚にプレッシャーをかけ続けることとする。
4-2-3-1でCBとアンカーにプレスをかけ続けるやり方として挙げられるのはざっくりと2つ。1つはCB2枚に垣田とトップ下の森谷の2人でプレスをかけてアンカーのシミッチには中盤からプレスのヘルプを出す形。
もう1つはアンカーに対してトップ下の森谷を固定して、トップに対してはSHがヘルプにいく形である。今回鳥栖が採用したのはこの形であった。
このプレスに対して川崎はとてもうまく対応していた。まず、左サイドで存在感を出したのは車屋である。谷口、ジェジエウ、シミッチが基本のビルドアップ隊。これに車屋が低い位置まで降りながらヘルプにいく。車屋はこの降りる動きの使い方が秀逸だった。
谷口に対しては垣田がプレスをかけていたのだが、車屋が登場することによって、谷口のパスコースは確保されていた。垣田がシミッチを切るようにプレスをかけてくるのならば、外の車屋に直接パスを出せばいいし、外切りのプレスで来るのならば下の図のようにシミッチを噛ませてパスを出せばいい。
対面の長沼は遅れながらも車屋についていくことが多かった。この状況は鳥栖にとっては非常に悩ましい。なぜならば、川崎の左サイドにはマルシーニョがいる。スピード面で優位を取れる彼を放置はできないので鳥栖のSBの位置はここに固定される。よって、車屋が低い位置をとることで鳥栖の右サイドは縦に大きく引き伸ばされることになる。川崎は山根に比べると車屋が低い位置をとってのビルドアップに参加することが多く、バックラインは3バック気味になることが多かった。
川崎は左サイドで引き伸ばしたスペースを有効活用。家長が左サイドに流れることが多かったのはおそらくここにできたスペースを使うためだろう。基本的には過度な密集を誘発するため家長の出張には懐疑的なところも自分にはあるのだが、人へのプレス意識が高い鳥栖に対して、これだけスペースが空いているのならば明らかに有効と言えるだろう。鳥栖は家長の登場に対して戸惑っていたように思う。
■右サイドは引き付ける
対する右サイドで効いていたのはジェジエウだ。この日の右サイドのポイントはジェジエウがマーク相手である岩崎の注意が自分に向いてからパスを出すことを意識していたことである。
岩崎は外切りでプレッシングをかけることが多かったのだが、川崎はジェジエウに対してフォローを行っていた。大前提として共有しておきたいのだが、川崎は右のCBであるジェジエウが鳥栖のSHの岩崎を引きつけている。この段階で川崎は数的な部分で右サイドで優位に立つことができる。
山根が対面の中野を惹きつけることができれば、右サイドの奥は空くので、ジェジエウは長いフィードで勝負ができる。脇坂や山根、シミッチなどがジェジエウのインサイド前方に顔を出すこともある。この場合は左サイドにおける車屋-マルシーニョ間のスペースを使う発想と同じ。間延びしたサイドの間を繋いでいく形である。
鳥栖からするとそもそもジェジエウを岩崎が捕まえられない時点で誤算。ここを越えられてしまっては基本的にはサイドで数的不利で攻撃を受けることになる。川崎が右サイドにおいて定期的なチャンスを作れていたのはこの数的不利をうまく活用していたからである。ただし、クロスの精度が伴わずなかなか点にはつながらないという現象は起きていたけども。
まとめると川崎の鳥栖のプレスに対するコンセプトは車屋とジェジエウで鳥栖のSHを前方に引っ張り出し、前の4枚と後ろの6枚を分断すること。そこから鳥栖が前がかりにきたら川崎は裏を狙うし、間延びを放置したら間を繋ぐという形だった。家長からすると左サイドで繋ぎの局面に顔を出してよし、右サイドで裏を狙ってもよしというピッチのどこにいようと効く構図ができていた。
■うまくいきそうなところに落とし穴あり
鳥栖のビルドアップに対しては川崎は積極的に咎める形が多かった。WGの外切りプレスが増えたのは、コロナウイルス関連でチームとしてのコンディションが上昇したのに加えて、IHのコンビが多少無理が効く橘田と脇坂のコンビであるというのも関係しているだろう。中途半端なインサイドへのパスは全て彼らが回収していた。
知念がきちんとサイドに限定する守備ができていたこともあって、鳥栖のビルドアップはサイドに窮屈に閉じ込められる形になる。鳥栖が良くなかったのは保持でボールに寄ってしまう動きである。
例えば福田。前半のクーリングブレイク直前の右サイドに落ちながらのよる動きはホルダーをキツくするだけのように思う。ホルダー蹴り出すにせよ、降りるにせよこのスペースは開けておいた方が選択肢が広がるのではないか。
あとは中野の絞る動き。SBの内側に絞る動きは自身が列を超えるパスを受けるor大外のパスコースを空けるために設計されていると思うのだが、7分のシーンではインサイドに絞って縦パスを受けた結果、普通に詰まってしまっていた。カメラの関係で確認しきれないが、おそらくこの場面では外側に人がいなかったはず。中野は外に開いて受けていいように思う。
この試合はどちらチームもCFが収まるタイプのプレイヤー。知念と垣田に収まる以上のものをどの程度見つけられるかが両チームの差になったように思う。ビルドアップで相手のプレスを逆手に取ることができた川崎と、相手のプレスを振り切れずに詰まらされてしまった鳥栖とでは徐々に差がついてくる。
先制点の場面は皮肉だった。この場面の鳥栖のビルドアップにおける中野のインサイドへの絞り方はかなり理想的な前進を予感させるもの。飲水タイム明けの1つ目のプレーとしては悪くないものになるはずだった。しかし、このパスがズレてしまい、山根がカットするとカウンターがスタート。右サイドに流れた家長のクロスを知念が叩き込んで先制する。
家長はどちらで起用しても機能していたが、この日の右サイドはクロスの精度が低め。脇坂と山根のフィーリングがあまり良くなかったこちらのサイドにおいては家長のクロス精度は必要なものだったように思う。
この失点は鳥栖にとってダメージが大きかった。失点から徐々に鳥栖はプレスの強度が落ちていく。森谷はシミッチについていけないようになっていっていたし、ホルダーの近くにいる選手のチェイシングも散漫に。普段は足ごと刈り取ってやる!という気概にもかかわらず、この試合では「このプレス、取り切れるのかな?」という疑心暗鬼になっているかのようにプレーしていたのが気になった。
そうなると3−4−3での配置変更もあまり意味をなさない。確かに後ろを厚くすることで後方は人数が増加。鳥栖が左サイドの裏を取られる場面は減った。
だが、同数で受けた時に守り切れるかは別問題。サイドを変える動きに制限をかけなかったことを踏まえると、フォーメーション以前の話になってしまった感がある。幻のゴールとなった前半のマルシーニョのシュートがネットを揺らしたシーンを見ても、鳥栖は自由なサイドから攻められては裏を取られる形を明確に減らすことができなかった。
■復帰弾とギラギラする宮城
後半、1点のビハインドで迎えた鳥栖は4-4-2に再びフォーメーションを採用。高い位置からのプレスを復活させて、巻き返しを狙っていく。
しかし、それを嘲笑うかのように川崎が追加点。セットプレーからシミッチが2点目を奪い取る。この試合の川崎はいちいち鳥栖にダメージを与えるタイミングで得点をとっている。
岩崎、垣田を下げる采配には正直驚いたが、前線に入った西川は十分にフリーランで川崎のバックラインをかき乱しており有効な交代策だったと言えるだろう。その一方でプレッシングからペースを掴むきっかけが一向に掴めないのは同じ。前がかりなプレスは行うものの、川崎の保持を追い込むことができない。
川崎は前半に比べると手早いカウンターで戦うように。マルシーニョを軸に鳥栖のラインの裏を強襲する。にしても3点目のカウンターはあまりにも出来過ぎである。CKのカウンター局面。抜け出しを促す脇坂のパス、そしてマルシーニョのコントロール、シュートを打つタイミング、そしてシュートの精度。全てが完璧だったと言えるだろう。この3点目で試合は完全に決まった感がある。
川崎は大島を投入し、ここからは保持で落ち着くパターンも交えながら時計を進めていく。それでも高い位置からのプレッシングはやめることはない。時には裏を取られることもあったが、基本的には中盤より前で回収してカウンターに移行できることが多く、トータルで見れば収支はプラスと言っていいだろう。
大島、小林と同じくなかなか今季出番を得られない宮城は鬱憤を晴らすようなプレーをしていた。左の大外で正対しながら突破を狙う。カットインもゴールライン側を狙ったドリブルもどちらも有効。チャンスメイクだけでなく、自分でゴールを狙う意識が高くギラギラしていた。
チーム全体から小林に点を取らせたいという思いが伝わってくるプレーを連発する中、宮城だけ空気を読まずにぐいぐいいく感じは素晴らしかった。アタッカーはそのスタンスで何ら問題ない。この試合では割と白黒ついてしまった後での投入となったが、勝敗を分けるような試合を見せることができれば面白い。
ワンサイドになった試合を締め括ったのは大島。4得点の大勝のトリを飾ったのは復帰を祝うことに成功した大島によるものだった。大量得点という事実に更なる喜びをサポーターに上乗せにする4点目で等々力を包む幸福感は今季指折りのものになったはず。難しいと目されたミッドウィークの一戦は予期せぬワンサイドゲームで川崎が勝利を飾った。
あとがき
■本来に姿ではない
鳥栖は正直物足りない出来だったと言えるだろう。本文でも触れたようにプレッシングは疑心暗鬼だったし、いくら追い回しても取れないはずの保持はショートパスを引っ掛け続け、川崎の中盤に完敗を続けた。
どんな試合でもどんな展開でもタフなのが鳥栖だったはずなので、わずか1点差の時点で一気に覇気がなくなってしまうのは少し心配である。後半に増えた攻撃機会で前線の交代選手が試合を活性化できたのはわずかながらプラス材料と言えるだろうか。
本来はこの日見せたパフォーマンスよりももっと強いチームだ。特に上位陣に食いつきながらなんとか勝ち点をもぎ取る粘り強さは彼らの持ち味なはず。悪い流れを断ち切り、次節は本来の姿を取り戻したいところである。
■強度を担保できる中盤は固定の可能性も
川崎は上々の出来と言えるだろう。90分のスケールでこれほどまでに試合を支配し続けられたのは今季はあまり記憶がない。スタメンを見ても全員出来が良かったと言えるし、日程が詰まっている中でこれだけのものを見せられたのは素晴らしいことである。
普段にない引き出しで言えばやはり本文中でも触れた車屋とジェジエウの保持における振る舞い。相手がよく見えている証拠だし、これだけ逆を取れれば前進はできて当然。いいボールがきてアタッカー陣が気持ちよくプレーできたのは彼らの貢献によるところが多い。
また、中盤が脇坂、シミッチ、橘田に固定できたことでここ数年と近い強度を見せることができるようになってきた感がある。優勝に向けて極端な過密日程はないので、終盤はこのユニットで継続勝負の可能性は十分ありそう。くれぐれも怪我に気をつけながら残りの9試合を過ごしてほしい。
試合結果
2022.8.31
J1 第20節
川崎フロンターレ 4-0 サガン鳥栖
等々力陸上競技場
【得点者】
川崎:26′ 知念慶, 47′ シミッチ, 56′ マルシーニョ, 87′ 大島僚太
主審:山本雄大