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「基準がなければ揃わない」~2019.7.31 J1 第16節 サンフレッチェ広島×川崎フロンターレ レビュー

プレビューはこっち。

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目次

【前半】
序盤戦の焼き直しだった理由

 結果を知った上で好き勝手書くことができるマッチレビューにおいて説得力があるかは微妙だろうが、この日の川崎は立ち上がりからここ2試合とは違うことは明らかだった。開始2分ほどでパスがズレて攻撃が終わるシーンを2,3回見て、こういった淡白なミスは久しぶりだなと思った。数試合いい流れだったために久しぶりって思っただけで、4月くらいの内容に戻っていたって言ってもいいのかもしれない。懐かしい感じ。いらない懐かしさだけど。

 微妙にかみ合わない懐かしさとは違って、珍しかったのは早々の失点。今季はこの噛み合わなさをDF陣が我慢しながら、鬼木監督が修正する時間を稼ぐのがお決まりの流れだった。しかしながら、この試合はCKから失点。城福監督のコメントに「対策は特にしていない」的なことを述べていたけど、CKは割としっかりやっていたのではないか。後半の3点目もセットプレー起因だし、69分にも大外がフリーになっていてあわや4点目!という実質失点みたいな人の空け方をしていたし。この試合のセットプレーの強度は非常に川崎らしくなかった。

 もう少し丁寧にボール保持の話をする。大分戦のレビューで振り返ったが、最近の川崎がうまくいっていたのはCH周辺にオーバーロード気味に使うスペースを見出していたから。よく使われたパターンとしては、中村憲剛の列移動で空いたスペースを阿部や齋藤学が使う。そして、そこに楔を打ち込むという流れだ。

 この試合でうまくいかなかったのは、まずスペースを空ける過程。この日トップ下に入った家長は相手をひきつけながら降りてくる動きがあまりできていなかった。したがって初期段階のスペースづくりが機能していない。そうなると2列目のポジショニングが迷子になる。前節絞って受けていた阿部が同じ位置に立っても、そこには相手のCHがいる状態である。というわけで後方からは縦パスを入れられない。その結果工夫を始めるのは左サイド。長谷川がワイドで受けて仕掛け始めて、それを基準に登里や家長が連携で何とかしようとする。川崎のボール保持が今季序盤戦を想起させる左偏重になったのは、このようなメカニズムではないだろうか。

【前半】-(2)
空転するプレス

 非保持においてのプレッシングは多摩川クラシコ以降継続している4-4-2で、トップ下+小林が強めにプレスに行くというもの。この戦い方は2CBのFC東京にこそハマったものの、自在にビルドアップの枚数を変えられる大分には通用しなかった。

 広島のビルドアップは3枚のCBで行う。そして、彼らのビルドアップの最大の目的は「攻撃のキーマンであるWBに安全にボールを届けること」。プレビューでも触れたように非常にシンプルなものだ。3枚のCBに対して2トップでのプレスは回避されるのが当たり前。ましてやプレスのスイッチ役の中村が不在となれば、広島がプレスをかいくぐるのはそんなに難しくはないはず。この日はCH2人の出足も悪く、川崎の陣形が間延びしていたため、稲垣も川崎のプレス隊の背後でボールを楽に受けられていた。

 柴崎や森島が降りていくことで、最終ラインだけでなくCH周辺にも数的優位を確保する広島。仮に川崎のCHが押し上げながら稲垣にもプレッシャーをかけてきたら後方に蹴り飛ばしてもいい。稲垣だけでなく、川辺も降りてくれば川崎がより前掛かりになっても数的優位は簡単に維持できる。リードしている広島はリスクを単に回避する戦い方も可能だった。

 そんな中で彼らの強みであるWBのクロスから追加点を得る広島。クロスに合わせるドウグラス・ヴィエイラの動きも秀逸。川崎はジェジエウ加入後初めての複数失点になる。

 43分の家長のクロスを井林がカットした場面がが前半の唯一惜しいシーンといっても良かった川崎。井林のコメントを見ると狙い通りだったらしい。確かに浮かして届けられたらアウトなので、グラウンダーを誘った駆け引きは見事だった。

広島vs川崎Fの試合結果・データ(明治安田生命J1リーグ:2019年7月31日):Jリーグ.jpJリーグの試合日程と結果一覧。試合日には速報もご利用いただけます。www.jleague.jp

 前半はそのまま終了。川崎にとっては今季初の2点ビハインドでハーフタイムを迎える。

【後半】
山村に期待されたこと

 後半は阿部を中央、家長をサイドに配置転換及び守田→山村の交代という2点の変更でスタートした川崎。後半はそんなに話すことがない気がするので、この2つの変更について少し狙いを考えてみる。

① 阿部を中央、家長をサイドに配置転換した理由

 攻守両面での配置転換の理由が考えられるが、プレッシングの改善が最も大きい要素ではないか。ビハインドで点を取らなくてはいけない。しかし、ボールを奪い返せないという状況で、プレスの基準点として機能しない家長に代えて、阿部をプレス隊長の旗頭として中央に置くというための配置変更。ビルドアップにおいても噛み合わなかった家長に対して、中央で新たな起点として阿部を置きたいという意図もあったかもしれない。

②守田→山村の交代

   この後のダミアン投入を見据えて高さ勝負になる!という側面以外にもこの交代の意味はあると個人的には考えている。山村に求められたのは中盤において列を縦方向に移動する動きではないだろうか。好調だった時期の川崎と比べてこの試合で足りなかったのはこの中盤の縦方向の動きである。守田は高い位置に侵入してクオリティの伴ったプレーはできていなかった。交代で入った山村は、より前のポジションに適性の高い選手。高い位置に侵入するタイミングだけでなく、侵入した後のプレーの質も期待ができる。空中戦よりもむしろ地上戦を考慮した交代のように見えた。

    以上のことから考えるとこれら2つの交代は理にかなっているように見える。しかし、それはあくまで中村憲剛と田中碧を使わないという前提に立っての話。この2人をそのまま家長と守田に代えて投入してしまってもよかっただろう。交代枠を複数使いたくない、空中戦で優位に立ちたいなど、彼らの投入よりも配置変更と山村の投入を優先した理由は全く思いつかないわけではないが、この展開で中村と田中を使わないのであれば、どの展開を想定したベンチ入りだったのかは非常に気になるところではある。

 とにかく交代策2つに合わせてSHとCHも前に出てボール奪還を挑むことで、ボール保持をベースに後半を進めることができた後半立ち上がりの川崎。後半はいけるかも?という思いを打ち砕いたのは広島の3点目。エリア内でフリーで2本つながれてしまったら失点は当然の帰結になる。

    川崎のプレスはタイミングこそ連動してきたもの、配置的にあまり問題の解決には至っていない。というわけで間延びした川崎の陣形に対して、勢いに慣れてきた広島はプレスを回避できる時間が訪れる。ここからはしばらく広島ペースが続く。正直言えばほとんど事態の好転する気配すら見えない状態だったので、結果を知ってから試合を初めて見た自分は「ここからどうやって2点返すの?」と思った。

    その疑問の答えは「何もないところから!」だった。この試合に限らず、これまでほとんど連動した崩しが見られなかった小林とダミアンの2トップが華麗な連携を見せて何もないところからゴールを生み出した。展開が展開じゃなかったらもう少し騒がれていたゴールかもしれない。

    そこからは完全にダイレクト志向に切り替えた川崎。躊躇なくクロスを放り込むことで2点目をゲット。広島はローラインで押し込まれた時のボールをつなぐ方策を持っていなかったのがあわあわした原因だろうか。前の選手は起点になれず、この時間帯はコンパクトに陣形ごと前に出てきた川崎イレブンに若干気おされていたように見えた。

   もう1つ広島で怪しかったのはWBとCBの距離感。WBとCBの間が大きく開いてしまい、ボールホルダー側から見てニアのハーフスペースが空くことが多く見られた。ここを使われてCBがつり出されるような展開になると広島としてはまずかった。しかしながら、3人目の動きを駆使してここのスペースを川崎が使う元気ももう残っていなかった。いざ攻勢をかけても最後の局面で質が伴わなかったのは、ボールホルダー側のハーフスペースを効果的に使えなかったからではないだろうか。

   試合はそのまま終了。3-2で広島が川崎を下し、本拠地での川崎戦の連敗をストップした。

あとがき

◾️不安要素はあるも大きな勝利

    失点をするまでは完璧な試合運びを見せた広島。決定機はほぼすべて得点に結びつけるという効率の良さで川崎相手に常に先手を取っていた。小林のゴールが決まるまでは、泡を食ってプレスに来る川崎への対応も問題なくできていた。稲垣への負荷が非常に高いことや、城福監督の交代の意図が若干わかりにくかったなどいくつか気になる部分はあるものの、川崎対策を敷くというよりもシンプルに自分たちの強みを生かした戦い方で相手を上回るというのは、今後の自信につながりそうだ。

    パトリック放出はどうかな?と思ったけど、ドウグラス・ヴィエイラもいい選手ですね。43分の井林のクリアは殊勲。あそこでゴールが決まれば試合の流れは一変していた可能性も否定できない。後半の多くの時間で広島が主導権を握れたのは、彼のあのクリアがあったからこそだろう。

◾️家長は基準なのか?

    ここ数試合の川崎からすると当たり前にできていたことができていなかったし、なんで勝てなかったかといえば単純にそれに尽きるだろう。ここ2試合でできていた中盤でのパスコースづくりの動きはほぼ皆無で、パスが出てから初めて受け手が動き出す状態のプレーが非常に多かった。2手くらい先まで想定された動き出しができていた前節までとは全く異なる出来に仕上がっていた。

   「今季ワースト!」という声が川崎サポから数多く上がっていたこの試合。確かに運動量の少なさや立ち上がりの失点まで含めればそうかもしれないけど、基本的には今季序盤に戻った内容だったなと思った。何回か書いたことがあるが、川崎界隈でよく言う「目を揃える」は揃える基準があっての話じゃないかなと思っている。

    何回か書いたことがあるが、川崎界隈でよく言う「目を揃える」は揃える基準があっての話じゃないかなと思っている。この試合でいえば中盤で攻撃のスイッチとなるズレを作ることを任されたのは家長だった。川崎からすればやっと直近で「目を揃える」試合はできたものの、それは「『中村憲剛の基準に』目を揃える」試合ができていたということ。この試合の川崎は「『家長昭博の基準に』目を揃える」ことができなかったし、そもそも家長の基準が広島を破るためのプランとして適正だったかもわからない。中村不在時に家長の目線に目を揃えるべきか?というそもそもの部分も含めて考える必要がありそうだ。

    個人的には彼はできたズレを利用するほうがうまい選手なのかなと考えている。家長は基準を生み出すよりも付加価値を生み出す選手じゃないのかなと。ならばサイド起用の方がいいのかなとか思ったり。

◾️守田の不調の理由と課題

    基準の方でまずかったのが家長だとしたら、合わせる側としてまずかったのが守田だろう。川崎のCHに求められる仕事を考えてみると、実は個人的には家長より守田の方が根が深い問題じゃないかなと思っている。

    川崎の攻撃において、トップ下の行動範囲は非常に広い。特に自分のマークマンがどこまでついてくるかを観察しつつ、自陣方向に動くことがとても多い。そのため、1トップ採用時は最終局面の密度が低くなるという問題点を抱えることが多い。そのため、トップ下と入れ替わるように高い位置に入っていく動きがCHに求められる。この試合の山村投入でも述べた通りである。

   序盤は出遅れた中村憲剛も徐々に本領発揮。特にスペースメイクにおいては非常に違いを見せている。しかし、低い位置でビルドアップに貢献した後、そのまま上がっていき最終局面に携わるような、脚力を求められる仕事はやや衰えを感じる。CHの最終局面の参加の必要性がより一層高まっているのはこのためだ。組み立ても最終局面も顔を出せる脇坂が起用されるならもう少しCHの攻撃参加の必要性は下がるものの、現状では彼の序列が上がる気配は見えてこない。

    昨季の守田は大島と中村と「目を揃えながら」的確に攻め上がりのタイミングをつかんでいた。しかし、攻め上がりこそよかったものの得点はなし。最終局面での精度は彼の課題になっていた。翻って今季。手練れの中村と大島とトリオ組む機会は昨季より大きく減った。その中で昨季は掴めていたタイミングも怪しいものになってきてしまったというのが現状の不調の原因ではないだろうか。

   彼より序列が現状では高いであろう田中と下田は最終局面での仕事の質が高い選手。前のポジションでのプレー可能な山村においてもフィニッシュワークに期待が持てる選手だ。昨季の課題に加えて、さらなる適応力を求められている守田。思えば昨季の躍進時は「川崎に長いこといた選手のようだ。」と褒められていた守田。適応するのは決して苦手ではないはず。初の代表選出は大島と中村の指導力だけでなく、本人の努力のたまものだ。課題は少なくはないが、元々の強みの適応力を発揮しながら、1つずつ改善に取り組んでほしい。

◾️基準づくりは監督の仕事

    最後に鬼木監督。誰を基準に「目を揃えるか」を決めるのは彼の仕事である。中村不在時の設計図が怪しいものになるのは、監督にも大きな責任がある。ピッチに立ちながらその場で相手の穴をアナライズできる大島や中村のような特殊技能者が不在の時に、選手たちのアイデア任せになると、この日の試合のようにピッチ上の選手たちで解決策を試行錯誤し続けることに多くの時間を費やすことになってしまう。

   攻撃に関してはアイデアの側面も大きいのでまだ仕方ない部分はあると思うが、問題はプレスの方。4バックのFC東京にハマった2トップ主体のプレスを、後方の枚数を調整できる大分や、安全第一で多くの選手をビルドアップに割いていた広島相手にぶつけても通用しないのは当たり前のように思う。

    中村がいた大分戦では序盤で「これは無理だ!」と判断できたけど、この試合ではビハインドを背負ったこともあり、無理を承知の前プレをかけ続ける時間が非常に多くなってしまった。もちろん過密日程によるコンディション低下も否定できないが、連戦ではない選手たちも終盤は明らかに足が止まっていたことを考えると、序盤の無謀なプレスが祟った部分もあるはず。最終盤の崩しの質が伴わなかったことの引き金にもなっている。

   タイミングだけでなく、配置を考慮したハイプレスの仕組みを再考できなければ、この広島戦のような試合は必ず繰り返すことになる。広島戦を「いい経験だった」と述懐するのはまだ早い。似たようなビルドアップを仕掛けてくる相手に同じ失敗を回避して初めて「いい経験だった」といえるのではないだろうか。

試合結果
2019/7/31
J1 第16節
サンフレッチェ広島 3-2 川崎フロンターレ
エディオンスタジアム広島
【得点者】
広島: 4′ 佐々木翔, 23′ ドウグラス・ヴィエイラ, 52′ 荒木隼人
川崎: 75′ 小林悠, 78′ レアンドロ・ダミアン
主審:家本政明

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