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「許容できるリスク範囲」~2024.4.28 プレミアリーグ 第35節 トッテナム×アーセナル レビュー

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レビュー

用意されていたプレス回避の手段

 暫定首位ではあるがタイトルレースの運転席に座っているのはマンチェスター・シティ。アーセナルはテーブルの一番上にいる状況ながら、相手のミスを待たなければタイトルに手が届かない。そんな中で迎えるのはトッテナムとののースロンドンダービーである。

 立ち上がりはダービーらしいハードなデュエルをベースとしたスタート。アーセナルは高い位置からボールを捕まえにいくと、トッテナムはバックラインからの繋ぎで応戦。序盤に見られた一手としては絞るデイビスと外に張るヴェルナーでピン留めした間に位置する左サイドのスペースにマディソンが入ることでボールを受けにいく。

 トーマスのプレスはライスと比べるとワンテンポ遅れるし、そういう意味ではマディソンに反転を許しそうな場面だったが、ホワイトの見事なスライドで高い位置からのカットに成功する。ただ、このデイビスでサカを動かしつつ、大外のマディソンに流す形はトッテナムのボールを落ち着かせるための第一手。アーセナルは外に張る相手のSBの方に追いやるようにプレスを仕掛けていくのが特徴だが、SBの奥にトッテナムは逃げ道を作っていた。

 中央で背負うクルゼフスキで時間を作り、マディソンにボールを渡して整えることでアーセナルを押し返していく。逆に言えば縦に鋭い速攻だけではアーセナルのDFラインに挑むのは難しいという判断があったのかもしれない。

 一方のアーセナルもトッテナムのハイプレスの回避のプランはきっちりと用意していた。サイドと中盤は枚数を合わせられているが、バックラインにはソンとマディソンの2枚でプレスにくるトッテナム。アーセナルからすればバックスには若干の余裕がある状態だった。

 アーセナルはラヤのビルドアップ参加、もしくはライスのサリーなどでバックラインの枚数を増やす。中盤でわずかな隙を見つけたトーマスのターンもここに分類できるだろう。フリーな選手が狙い目にしていたのは軒並み右サイド。序盤はサカにボールを集めて、ひたすらデイビスにつっかけていくスタートに。トッテナムからすれば基本的にはサイドはダブルチームで受けたいはずだけども、アーセナルの攻撃が縦に早いものになっていたので、フォローが間に合わない場面もしばしばだった。

押し込まれても可能性は制限する

 ダービーという舞台装置があるとはいえ、アーセナルは10日間で4試合という超ハードな日程をこなしたばかり。そこから中4日しか空いていないとなれば、休養十分のトッテナムにハイテンポで付き合うのはリスクがある。トッテナムがハイプレスにクルゼフスキとマディソンという逃げ道を用意していたこともあり、立ち上がり早々にアーセナルはミドルブロックからローブロックの4-4-2に構える形に移行する。

 最近は強い相手やハイテンポで戦いきれない日程の関係でアーセナルは引くことも珍しいことではない。こうなった時のアーセナルのポイントはある程度のところ以降の侵入を許さないかどうかである。押し込まれた時の最近のアーセナルの守備のプランは完全にシャットアウトするのではなく、可能性の低い選択肢を許容しながらより危険な可能性を切ることにプライオリティを置かれている。

 わかりやすいのは18分のシーンである。右サイドからクロスを上げたベンタンクールがファーを狙い、これをホワイトがカットした場面だ。インサイドの守備を見てみよう。ニア側にいるソンは両CBが挟んでいる。ニア側に近いガブリエウは早いグラウンダーのクロスが入った時のカット役と抜かれた時の際のヘルプ役である。ファー側のホワイトは実際にプレーしたようにファーサイドのクロスにバックステップに対応する。

 ソンとヴェルナーの間に選手が1人入ればアーセナルの守備陣は難しい対応を迫られるかもしれない(ライスが外に引き出されている影響もあるだろう)が、ここはラヤの守備範囲という考え方だろう。ラヤがある程度広い範囲のクロスに対応するためには上げさせるクロスはふわっとしていなければいけない。

 よって、アーセナルにとってこの場面で許容できるトッテナムのプレーはニアのガブリエウ(もしくはその背後のラヤ)にぶち当てるような鋭いクロスとラヤとホワイトのステップが間に合うようなハイクロスの2つである。深さは作られているので、ここからのマイナスの速い折り返しは避けたい。冨安やトーマス、サカのポジションを見ればアーセナルがそこに対してさらなる防衛策を施していることがわかる。

 もちろん、クロスを上げることを許容すればインサイドで事故が起きる可能性は0ではない。けども、最も危険な選択肢に対してこれだけの防衛策を重ねて、その他の選択肢を消すことができればゴールの脅威は下げることができる。ここはやらせてもOK、ここはNGという部分は共有できていたと言えるだろう。12分のマディソンのシュートもそうだが、打たせること自体はOK。制限をこれだけかければ枠に飛ばす可能性は低いという考え方である。

 トッテナムにはこのブロックの外から叩く手段があるかどうかを問われる展開となった。流れの中でアーセナルのブロックを脅かす手段となったのはクルゼフスキである。ペナ角付近からマーカーに対して遠い位置からファーにボールを届けることができるクルゼフスキのクロスは怖さがある。もちろんある程度の防衛策は施してあるが、ファーにある程度の鋭さと高い精度が伴うクロスが通れば、アーセナルのDFのバックステップは間に合わない可能性もある。最近は低調だったクルゼフスキだったが、背負う局面も含めてこの試合では存在感を発揮した。

 もう1つ、トッテナムの武器になっていたのはセットプレー。ロメロが空中戦で競り勝つことであわやというシーンを作り出す。こちらはよりクリティカルな決定機となっていた。

 アーセナルは防戦一方というわけではなかった。トッテナムの攻撃終了後、即時奪回のプレスを剥がして敵陣まで運ぶことができればアーセナルは敵陣に踏み込むことができる。距離の近いショートパスでわずかな隙間を作り出し、大きな展開で逃すという形でアーセナルはプレスを回避。前線のハヴァーツもロングボールの的としてプレス回避に効いていた。

 ファストブレイクに近い形になる分、プレスさえ回避できれば敵陣に迫ることができたアーセナル。決め手になったのはセットプレーだった。右のCKからホイビュアのOGを誘発し、アーセナルは先制する。この場面はトッテナムのDFが軒並みアーセナルのマーカーの前に入るかあるいは背負われるかしていた。ホイビュアがマークを担当するのは冨安であったが、冨安がゴール側に立ち位置をとった分、ホイビュアのボールへのアプローチがゴールマウスに向かう側になってしまった。逆側からボールにアプローチできていれば安全性は高かったはず。逆に言えば、GKを妨害するホワイトを含めてアーセナル側がこうした事故を引き起こすための準備をしていたということだろう。

 押し込まれる状況を作られつつもアーセナルは順調に得点だけは重ねていく展開。左サイドでボールを収めたハヴァーツから大きく右のサカに展開。ここからの1on1を制したサカが追加点をもたらす。

 3点目はそのハヴァーツがフィニッシャー。セットプレーからのゴールで3点目を仕留めてチェルシー戦に続いてダービーで連続ゴールを決める。

 リードは3点だが、トッテナムにとってはチャンスがなかったわけではない。ロメロのヘッドやファン・デ・フェンがネットを揺らした場面がゴールとなっていれば、また展開は変わっていたはず。点差はついたが展開としてはアーセナルが局面局面を自分たちの方向になんとか手繰り寄せた結果という感じで、両チームに明確な差があるわけではなかった。

ミスしても淡々とプレーを続けるアーセナル

 後半、追い込まれたトッテナムは高い位置からのプレスをスタート。アーセナルはこれを回避して敵陣に入り込むという流れ。ハイプレスに対してはそれなりに前半で解決策を見出すことができたアーセナルだったので、ここは問題なく回避。後半早々に冨安がフリーのヘッドで決定機を迎えたり、サカのシュートをヴィカーリオがなんとか食い止めたりなどトッテナムは後半早々にピンチを迎える。

 それでも、放っておかれるとボールを持たれてしまうトッテナム。体力的にはまだまだ十分にある状況なので、プレスをやめるわけにはいかない。ウーデゴールのパスをカットしてクルゼフスキが突撃していったシーンなど、少しずつプレスの成功例が出てくるようになる。

 反撃が実を結んだのは互いに選手交代を行った直後。ラヤのリスクをとったパスの選択が引っかかり、ロメロがストライカーばりに冷静にシュートを沈めてみせた。

 失点自体が個人に帰属するミスから生まれたことは明白だが、アーセナルの対応は落ち着いていた。保持においてはプレスを安定して回避することができたため、一方的にトッテナムが攻め込む時間を作られずに済んだことは大きかった。

 非保持に回った際も前半と同じくルートを制限しながら可能性を限定していく。選手交代に伴い中央に入ったクルゼフスキはボールの収まりどころとして相変わらず機能していたが、ブロックの外を殴るためのファーのクロスが無くなったことはアーセナルとしては助かった。代わりに入ったジョンソンは縦への速さやリシャルリソンへの裏パスなどで奮闘していたが、いずれもアーセナルが可能性の低い選択肢に矮小化できるような対応を十分にとっていた。

 リシャルリソンへの裏パスに対応したラヤは失点に直結するミスの後もプレーは安定。特にトッテナムの流れを断ち切るクロスカットは見事で試合のペースを落ち着かせる。

 ライスが与えたPKはまさしく押し込まれるチームが背負うリスクが顕在化した例と言えるだろう。アクシデンタルだが明確なファウルでアーセナルは1点差に追い込まれてしまう。

 スコアは詰まってもリードはリード。依然として淡々と可能性を限定していくアーセナルのプレーを見ると、そうした言葉が思い浮かぶ感じであった。ピッチの外からはアルテタがキヴィオルを投入することで防衛策をもう1枚加える。

 最後の最後まで制限を続けたアーセナル。3点差をつけながら難しい展開となったダービーだったが、この日最も必要な3ポイントは彼らの手の中に収めることができた。

あとがき

 どこまでがやられたという判定にするかは個々人次第であるので、そこにとやかくいうつもりはないが、この試合のアーセナルはセットプレー対応を除けば局面の可能性を制限しつつ、トッテナムの得点の可能性を低くするアプローチをチーム内で共有しながら実践することができていた。圧倒できないのは日程上仕方ないことだが、圧倒できなくとも試合をハンドリングしながら勝利を手繰り寄せる終盤戦を過ごしていること自体がアーセナルにとっては明らかな成長だ。

試合結果

2024.4.28
プレミアリーグ 第35節
トッテナム 2-3 アーセナル
トッテナム・ホットスパー・スタジアム
【得点者】
TOT:64′ ロメロ, 87′(PK) ソン
ARS:15′ ホイビュア(OG), 27′ サカ, 38′ ハヴァーツ
主審:マイケル・オリバー

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